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ビジネスの世界で重要な資源は、人、もの、金、情報、というけれど、国際協力も同じだ。中でも『人』だ、と私は思う。
その『人材』。以前は、募集広告を出せば数十通の応募があった。その中で「これは会ってみたい!」と思う様な履歴書が、片手は下らなかった。面接になればする方もされる方も必死だ。朝から晩まで一時間刻みに設定し、会議室に閉じこもって面接する。五感は勿論、第六感まで総動員して相手を知ろうとするから50分でくたくた、10分の休みを取って次の人が入ってくる。5人も面接すると魂を吸い取られたみたいにふらふらになる。それでも翌日も、朝から晩まで5人の面接、という具合だった。

ところが2006年の秋頃からJENへの応募者が減ってきた。
国際協力の人材募集が急に増えたのか、外務省の新たな専門員制度のせいか、景気が良いので企業に応募が集まっているせいか、はたまた少子化のあおりか、理由は判らない。判っているのは、JENの求人広告に、以前の様な反応が全くないということだ。
人事は立体的なジグソーパズルの様なものだと、私は思っている。みんなで力を合わせて成し遂げたいことが大きな球形だとしよう。いうなればこれがJEN全体のミッションを『作業』に落とし込んだものだ。この作業を分担する一人一人が、ジグソーパズルのピースだ。様々な形の凹凸があり、一人の凸がもう一人の凹を補って全体的に球となる。皆の想いが一つになり、互いに助け合って隙間のない球体になったとき、私たちは本当に良い支援が出来ると思う。
実際のパズルと大いに違うところは、ピース自体が柔軟に形を変えたり、成長したりすることだ。一つの目標を実現しようとする時、互いに足りないところを補い合うのは自然なことだ。ピースとピースの間に隙間がある時に、相手が自分の形に合わせるべきだと互いに思っていたら、決して球にはなってゆかない。
人は、自分の考えが正しいと思っているものだと私は思う。自分というピースの形を変えたくないし、人の形を変えさせたいという欲求もないだろう。だが、複数の人が共同作業をする際に、隙間があれば誰かが埋めなければならない。この時、自分『だけ』が正しいという思い込みは様々な軋轢を生む。他者も『自分の考えが正しいと思っている一人の人間』として尊敬するからこそ、歩み寄りがあり、隙間を埋める努力が始まる。
大切なのは、実行してみることだ。頭で解っているだけでは、隙間は埋まらない。現場において実際に意見の対立が生じたときに、一方的に自分の考えを押し付けず、一緒になって考える。すると、意外にも相手が歩み寄ってくれることもある。すぐに結果が出なくとも、決裂してしまわない努力が大切だ。そんな相手に譲る経験をすることで、相手から譲られたときに自ずと感謝がわいてくる。逆にその経験がなければ、譲ってもらったことの有難味も解らない。
相手の考えを受け入れることは『自己否定』でも『負け』でもない。自分にないものを補ってもらうことであり、共に働くための知恵の一つだ。そして、これは人生の様々な場面で役に立つ技能でもある。合わない相手と一緒に何かをしなければならないという、職場でのこの経験は貴重な成長の場でもある。

集団と集団の間でこうした『考え方の違い』から軋轢が起こり、力ずくで相手を自分の型にはめようとすること、これが戦争だ。つまり、『相手が間違っている』という思いが頭を掠めた瞬間、戦争の芽は私たち一人一人の心の中にあるということになる。私たち一人一人は、戦場に行かなくても日々の仕事の場で、身近なところから、平和構築の行動を起こせる。
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