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この仕事のお蔭で様々な土地に行く機会に恵まれる。アフガニスタンでは、見渡す限りの茶色の大地が広がる土漠を訪れ、イラクでは50度という気温を体験した。常夏のスリランカや、9ヶ月間も冬が続くモンゴル。そんな中でボスニアの景色は、驚くほど日本の田舎の風景と似ている。
やしの木ばかりの暖かい国もあったが、ボスニアと日本では、樹木の種類もよく似ている。山や川があって清々しく、山では空気がひんやりしている。そのせいか、山あいの道を車で通ると、帰国してから7年経った今でもボスニアの山道と錯覚することがある。先日北海道に出張した際にもそっくりな場所があって『この先のゆったりしたカーブを曲がると、溢れるような緑に包まれるきれいな場所がある!』と思っていた。勿論、全然違ったのだが。言うまでもなく、日本の方が圧倒的に道は良い。時が経っても道が悪くても、ボスニアの豊かな自然には、惹きつけられて忘れられない美しさがある。
美しい山があれば、分け入りたくなる。元々私は森を歩くのが大好きなのだ。北海道でも少しだけ山を歩いた。雨上がりの木洩れ陽が美しい森の中で野生の鹿も迎えてくれた。マイナスイオンを胸一杯に吸い込みながら、ボスニアとの違いを痛感した。日本ではどんな山の中を歩いても地雷を踏む恐れはないからだ。

私たちが活動していたボスニアの町シポボは、回りを山に囲まれ美しい小川が流れる所で、戦前は林業が盛んだった。戦闘の前線が何度も通過したこの地域では、山にも多くの地雷が埋設された。このため、戦後、細々と再開した林業に携わる人たちの間で、地雷の犠牲者は耐えない。戦闘が終わったことと平和は同義語ではない。どこでも安心して歩けるという平和がボスニアに訪れるのはいつのことなのか。
そんなボスニアでさえ、今のバグダッドに比べれば平和なのかもしれない。
バクダッドの現地の情報が入ってくるたびに同僚たちの顔が浮んでくる。いつどこで自爆攻撃のとばっちりを受けないとも限らない毎日を送る同僚たちや、市民の苦しみと悲しみが痛烈に伝わってくる。とばっちりどころか、日本の団体の職員として支援活動をしていることが知られたら、それを理由に襲われるかもしれないのだ。
気温が40度を超える夏が始まったバグダッドで、クーラーや扇風機を回すための電気も日に数時間しかなく、断水も続いている状況の中で尚、人々のためにと働く現地の同僚たちの活躍には頭が下がる。

世界には、飢えに苦しみ、戦闘を恐れ、迫害におびえ、命の不安を抱える人がいる。飲めるお水をたっぷり使って沸かしたお風呂に私たちが浸かってくつろいでいる間でも、だ。厳しい状況にある人々はしかし、望んでそうなったのではない。そしてその場所でただ無為に支援を待っている無力な人々でもない。それぞれの場所でできる限りのことをして事態を改善しようとしている。
景色も人も、似ていたり違っていたりする。その一人一人は、私たちと同じ一人一人の人間だ。違いを受け入れ、彼らの頑張りを支える第一歩は、彼らが頑張っていることを忘れないことから始まるのではないか。
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