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終わりなき苦悩。漂流する難民・避難民

「私は、もう5回も難民になったんです。」
おじいさんは淡々と語った。

難民。漠然と、『戦闘から逃げてきた人々を指す』と思われているこの言葉だが、正式には細かい定義がある。その一つは、国境を越えて避難したかどうか。国境を越えた人は『難民』、国境を越えずに国内のどこかに避難した人は『国内避難民』と分けられている。

だが、避難した人々にとって、国境を越えたかどうかなんて知ったこっちゃない。命からがら逃げ出して、やっとの思いで避難先にたどり着く。たとえそこが豚小屋だった場所でも、地面にじかにマットレスを敷いただけの場所でも、気温が零下になるような暖房がないテントでも、避難した人々の生活はそこで少しずつ始まってゆく。

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難民収容所の中。
毛布を使ってベッドを部屋にしている

まず、その場所での生活に慣れることから始まる。
臭いに、寒さに、ひもじさに、不便さに慣れてゆくのだ。蛇口をひねれば水が出て、スイッチを入れれば明るくなり、暖房も点いた、そんな生活から一気に不自由になると、慣れるだけでも時間がかかる。失ったものの大きさに日々嘆き悲しんでいれば尚のことだ。
それでもしばらく経つと、気持ち的には受け入れられないながらも、少しでも暮らし易くなる様に工夫と努力が始まる。かといって、いつまでいるか判らない避難場所を大改造するお金はない。だから人々は、支援物資を少しでも多く受け取っては、それを使って部屋作りをする。
こんな時重宝するのは毛布だ。二段ベッドが支給されている避難所では、ベッドの周りに毛布をつるす。下のベッドにいれば、ベッド一つ分の大きさの部屋になる。学校の教室のような広い場所が避難所になっている場合は、文化祭のお化け屋敷の暗幕みたいに、毛布を方々に張り巡らし教室を区分けして、小さな部屋を幾つも作っていた。当然ながら、毛布で音は遮断できないが、最低限のプライバシーを確保するために、皆、涙ぐましい努力をしていた。
配給された大きな缶詰の空き缶を、椅子や物入れや鍋に使ったりして、苦しいながらも生活を良くしようとする努力があふれていた。そんな努力を積み重ねて、少しずつ生活が改善されてゆく。
そしてある日突然、別の避難所に移動しろと言われる。一からやり直しだ。移動させられる理由は様々で、説明されないことも多い。難民たちは自分なりに理由を探して、怒りと悲しみと諦めを感じながらも、命令に従って移動するしかない。ある時は、ある地域の民族比率を少しでも上げるために移動させられたし、ある時は、避難所として使っていた学校を、本来の目的の為に使いたいという理由で移動させられた。

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寒くて冷たい旧ユーゴの冬

5回の移動を強いられたおじいさん。最初は、クロアチアのセルビア人占領地域へ避難した。後にその地域で戦闘が勃発、セルビアへ避難した。それから難民省の方針でコソボへ移送され、その後コソボの別の避難所に移された。そして、コソボ危機が勃発した後、コソボの避難所にはいられなくなって、当時、難民集団収容所になっていたセルビア内のサマーキャンプ施設へ。どれも避けられない移動だった。その度に、全て最初からやり直しだった。10年間、一つ一つ積み上げては全て壊される、という経験を5回したのだ。そしてこの避難所も、サマーキャンプ施設として使うので近いうちに出て行ってもらうことになる、という通達を受けたという。

国や政治の思惑に翻弄される一般市民の力は弱い。難民になれば、更に弱くなる。
悲しい思いを生み出さず、繰り返さないためには、戦争をしない、という方法しかない。

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