◆いつか立ち上がると
信じて

◆誰かの役に立てることが心の癒し
◆冬の暮らしを守る支援
◆2千2百万人の悲しみ
◆戦闘の始まり
◆戦闘に巻き込まれた
?!

◆「避難する」ということ
◆避難する人々の上に
降る悲しい雨

◆支援現場での葛藤と
選択

◆終わりなき苦悩。
漂流する難民・避難民

◆正確な情報とは?
◆働く喜び!
◆贈る喜び
◆習うより慣れろ
◆道なき道をゆく人びと
◆終わらない戦争
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こと

◆お節介のすすめ
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◆「おはなし隊」が終わります
◆平和を構築する
ジグソーパズル
◆JENとわたし
◆変わらず生き続けている理念

◆プロフィール

わたしと仕事

支援現場での葛藤と選択

1995年8月、戦闘を避けてスロベニアに避難していた私たちは、多数の難民がセルビア・モンテネグロ(当時)に向けて移動していると聞き、ハンガリー経由でセルビア・モンテネグロの首都、ベオグラードに向かった。
ベオグラードに着くとすぐに、国連機関やセルビア・モンテネグロの難民省や赤十字など、難民の人々がどこにいるのか、どんな状態にあるのか、どんな支援を必要としているのかなどを聞いて回り、調査を進めた。情報収集は十分できた。あとは難民の方々の避難状況を直接確かめ、話を聞いてどんな事業を実施するかを決めるばかりとなって避難場所に向かった。戦闘が始まってから一週間近く経っていたが、まだ時折、国境には難民の人々を乗せたトラックが到着していた。

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戦争で多くのものを失った

国境に着いたら、丁度、トラックが着いたところだった。トラックの荷台には、難民の人々が立っている。大人も子どもも立って外を見ている。荷物は驚くほど少なかった。
近くのスポーツセンターが『緊急集団収容所』になっているというので、訪問した。施設のそこここに人が溜まっておしゃべりをしている。難民の人かと思ったら、ボランティアで手伝っているとのこと。こんなに大変なことが起きたのだから、出来ることがあったら何かしたいと近所の人たちが集まってきたのだという。炊き出しをし、古着を持ち寄っていた。入り口にはセルビア中から送られたという古着が山になっていて、難民の方々が物色している。
恐れたよりは状況が良さそうと思いながら、スポーツセンターの建物の中に入った。緊急の難民収容所ではよく見る光景だが、床にはマットレスが敷き詰められていた。疲れ果ててぐったりと横になる家族がいて、座り込んでいる人もいた。悲しいけれど想定どおりの状況、のはずだった。
だが、私は衝撃を受けて、一人の女性から目を離せなくなった。愕然とした。その女性は、焦点の定まらないうつろな目で空(くう)を見ていた。高齢に見えるが、戦争は人を老けさせる。もしかしたらまだ50歳代かも知れない。周りに誰もいないかの様に、何も感じていないかの様にぼうっと空を見つめている。その目は何を見てしまったのか、どうやってここまでたどり着いたのか。こんなに悲しい空気を発している人に私は会ったことがなかった。彼女の絶望に私は打ちのめされた。

私たちの仕事は厳しい状況にある人々を支援することだ。そして、現地にこそ行かないけれど、こうした人々を支えたいという同じ願いを持つ人によって支えられているのが、私たちの支援だ。だけど、戦闘がどれほど悲しい人を生み出すか、難民となることの厳しさ、避難先での生活の辛さなどを知らなくては、同じ願いを持つことは難しいだろう。だから、現地の状況を伝えることも、私たちの仕事の重要な一部だと理解している。そして、現状を率直に、ストレートに伝えられる有効な手段が写真なのだ。
このうつろな目の女性の写真を撮って日本に送れば、それを見て戦闘の悲惨さを瞬時に理解する人がたくさんいるだろう。その人たちは共感して、決して戦争を繰り返さないことを訴える仲間になってくれるだろう。
伝える義務を持った私は、伝えなければならない。でも、この女性は見世物ではない。この女性が直面している厳しい現実を理解し、それに耐えて生きている命を本当に大切だと思ったら、第三者になりきってシャッターを切れるだろうか。写真を撮らなかったら、今、この女性の為に私に何が出来るのか、と自分を納得させようとするが、簡単ではない。伝えなければならないが、撮りたくない。大きな葛藤だった。普段、嫌なことでも仕事と割り切って淡々とやる私だが、本当にやりたくない仕事だった。

悩みぬいた末に、私はシャッターを切った。
ためらいが現われたのか、写真はピンボケだった。それでも日本のスタッフには十分に衝撃的な写真だったと見えて、パネルに引き伸ばして紹介することにもなった。私は、二度とあんな写真を撮りたくないと思ったが、同じ様な場面に遭遇したら再び悩むだろう。伝えなければ理解されず、理解されなければ支援されない現実があるからだ。
だが、一番大切なのは、あの女性の様に悲しい思いをする人が一人も出なくなることだ。悲しみを伝えなくて良くなる日が一日も早く来るように、私たちは小さな支援を続けている。

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