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冬の暮らしを守る支援

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新潟除雪ボランティア作業に参加する若者たち

支援の現場で、予想以上に活動に影響を与えるのは気候だ。日本で『お天気任せ』というと、いい加減で無責任で行き当たりばったりの様な響きがあるけれど、いい加減でないJENの活動も大いにお天気に影響される。

中越震災の支援活動の一環でJENが行っている雪掘り支援もこれにあたる。毎年雪がどのくらい降るかは全く予測がつかない。高齢者の家庭でも、何とかなる程度かもしれないし、若者がいる家庭でも対処できないような大雪の年かもしれない。この冬の大雪でいかに多くの方が苦しまれたか、ご存知の方も多いだろう。
海外の活動がお天気の影響を受ける例もたくさんあるが、アフガニスタンでの学校修復事業もその一つだ。厳しい状況にある人々の自立支援を旨とするJENの活動地は、他の団体の支援が全く来ないような僻地で実施することも多い。道の悪い(もしくは道がない)山の上も活動地となる。山の上は、当然平地より寒い。従って冬の訪れは早く、春は遅い。コンクリートは0℃より低い気温ではきちんと固まらないらしく、コンクリートを使った学校の修復は、気温が0℃を割ってしまうと、春まで出来なくなる、という訳だ。つまり冬が遅ければ、いつまでも修復作業を続けられるし、早く寒さが来てしまった年は、春を待って作業を再開する。

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教室用大型テントを運搬中
(パキスタン震災教育支援)

勿論、そんなことは判りきっているので、冬が早く来ても困らないように、早め早めの事業展開を心がける。それでも、何一つ計画通りには進まない現地のこと、事業が遅れることはあっても早く進むことはまずない。注文した木材と全く違う材質のものが納品されてしまうこともある。材質が違えば構造強度的にも問題なので、間違った木材を送り返して正しいものを送ってもらう。またあるときは、納期通りにセメントなどの材料が届かない。催促して出してもらう。そんなことをしているとあっという間に2ヶ月3ヶ月経ってしまうのだ。学校が冬休みを終えて、再開されるまでにどうしても修復を終えたい。そんな時、お天気の助けは大いに有難い。

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雪山に教室用大型テントを設置する
(パキスタン震災教育支援)

2月初め、パキスタンに出張した。私の出張に先立つこと2週間、同僚のフランス人スタッフが現地を訪問したときは厳しい寒さだったとのこと。以前、震災で家を失い、寒さの中で風邪をこじらせ、健康を害している人々に出会ったときの、11月上旬の寒さが思い出された。そういえば、この地域は冬が雨季なので、進行中の学校用テント設置事業が、雨で中断させられたという報告も受けている。アナン国連事務総長が言っていた『第二の死の波』という言葉が頭をよぎり、冷たい雨が降りそそぐ中、JENの支援がどこまで役立っているのか、一抹の不安を思いながらの訪問だった。
現地で私を迎えてくれたのは、思いもかけない暖かさだった。抜けるような青空は11月と変わらないが、日差しに春の柔らかさが加わっている。急斜面の段々畑も、下の方から小麦や菜の花の緑が広がり始めていた。山の木々にも花が咲き始めている。聞けばこの暖かさは昨日から始まったという。一番の驚きは夜。定時連絡でイスラマバードの事務所に電話をするのだが、衛星携帯電話は屋内ではうまく機能しないので、屋外で電話をする。11月には、重装備で外に出ても、5分以上話していると寒さで声が震えてきたものだった。今回は、電話代さえ気にならなければいつまででも話していられる程度の寒さだ。春の遅いボスニアやモンゴルでの暮らしと比べ、11月にあれだけ寒かったのに春が早いというのが不思議でもあった。

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雪が積もり建設が中断した学校修復現場
(アフガニスタン教育支援)

寒さをしのぐためのテントを提供した村を訪れてみた。テントで寝起きしている家もまだまだあるが、こねた泥を壁に塗って家の修復を少しずつ始めている家も多かった。本当に厳しい寒さをこのテントでやり過ごした、今後は物置などに使いたいと言って頂いた。
何とか極寒の危機を脱した人々の表情も心なしか穏やかに見えた。JENの支援は確実に役立ったようだ。

今年も、JENのテントで数万人の方々が、冬の厳しさを少しだけ和らげることが出来たはずだ。もうそこまで来ている春。この春が3ヶ月前に来てくれていたら、人々が厳しい思いをしなくて済んだのに、とちょっと思うが、そうでないから支援が必要なのだ。
春の訪れとともに、JENの支援の内容も変わってゆく。

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