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誰かの役に立てることが心の癒し

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スリランカ津波避難所の子どもたち
(2005年1月当時)

津波は恐ろしい。
波が沖まで引いたとき、モハマッドさんはすぐに津波だと気づいた。漁師だから海のことはわかる。幼い息子を腕に抱いて走って逃げたが、あっという間に襲ってきた波に足をすくわれて倒れ、激しい波にもまれた。浜辺で意識を取り戻した時には、息子の姿はなかったそうだ。

家の被害も大きかった。ドアや窓から家の中に水が入り、ぐるぐると洗濯機のように渦を巻いて出て行ったという。家が壊れなかったとしても、家の中にあったものは全て波と共に流されてしまった。家財道具も衣類も仕事の道具も、何もかも全て失ってしまったのだ。

JENは、津波の被害を受けたスリランカでも自立支援の事業を実施している。
紛争や災害で自分の力で暮らしてゆけない状況になった人たちが、再び自分の力で暮らせるようになろうとする、その努力を後押しするのがJENの自立支援事業だ。簡単に言うと、家を失った方には家を、仕事を失った方には仕事を取り戻す『手伝い』をする。これが難しいのは、紛争や災害で社会全体の状況が余りにも変わっていること、問題が複合的であること、そして何より、失ったのは物だけではないことだ。

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現地の女性から感謝のキスを受ける
(旧ユーゴスラビア・ブコバル)

津波の後、各地を回って強く印象に残ったのは、人々の冷静さだった。余りにも強烈な悲しみに遭遇した時、人はその悲しみの大きさに直面できずに感情のスイッチを切ることがあると私は思う。泣くことも大声をあげることもなく、淡々と津波の状況を語る人々は、スイッチを切っているようにしか見えなかった。
私が6年間駐在した旧ユーゴでも、出張で訪れたチェチェンでも、そんな人にたくさん出会った。普段明るく快活に暮らしているのに、じっくり話していると、ポンとスイッチが入ってしまうことがある。涙が止まらず嘆き悲しむ姿に、私はなす術を知らない。じっと背中をさすったり手を握ったりすることに、どれ程の意味があるというのか。
感情のスイッチを切ったままでいると、本人も気づかぬうちにストレスが溜まり、気力が失われ体調を崩すことが多い。そんな状態では復興も自立も望めない。自立支援事業では「心のケア」が重要な要素となる。収入に結びつく技術訓練をする際、気持ちを打ち明けられる仲間を作れるように事業をデザインする。同様の苦しみを背負った者同士が、互いの姿に励まされ、助け合い、心の内を吐露する機会が出来ると、少しずつ元気を取り戻してゆく。
特に、助け合うという部分が大切だ。悲しみの底にあっても、誰かの役に立てることが心の癒しにつながる。助けられるより、助けることの方が癒されるのだ。苦しい時こそ人間の本来の姿が現われるとしたら、誰かを助けることで癒されるというのは、人類の希望でもある気がする。

人々の顔に笑顔が戻ってゆくとき、私たちの支援事業の第一段階に終わりが近づく。とはいえ、道のりはまだ遠い。人々に必要とされなくなる日が一日でも早く来ることを願い、私たちは日々努力を重ねる。

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