今年八十二歳になるAさん(女性)は、めいごさんとおいごさん以外には、身内の縁に薄い人生を送ってきましたが、東京の下町でご近所に囲まれて、なんとか一人暮らしを守っていました。あまり丈夫ではなかったので、最近では介護保険を利用してヘルパーさんの助けも借りていました。山梨と東京と離れていて、最近は会うことも少なくなっていましたが、季節のあいさつを交わしながら二十年が経ちました。私は彼女の人生の背景を知っているし、彼女は私の青春時代からの人生を知っている。そういう長い関係です。

コミュニティの形は急速に日本中で変わっています。時代の流れのような外的な力もあるし、個人の内的な心の変化も影響しているように感じます。しかしながらAさんの周りには、ご近所に彼女を支える力が残っていました。先日も、夜中につまずいて転んでしまい、まず必死で助けを求めたのは、お隣の奥さんでした。彼女が救急車を呼んでくれて、緊急入院できたというのです。その奥さんから、昨夜電話が入りました。
「お見舞いに行ってみましたが、緊急入院した病院が、今ひとつなんです。このまま、寝たきりになってしまうかもと、めいごさんがたちも私たちも心配しています。本人が内藤先生に相談してくれ、と言うもんですから。介護の係り(ケアマネージャー)は他人の私たちには何も教えられないって。情報ってやつですか? 何も分からなくて、私たちは傍にいても心配で」
「では、私がケアマネージャーに聞いてみます」
ところが、これがとんだ安請け合いでした。東京の訪問看護ステーションの看護師のケアマネージャーは、きっぱりと私の質問を拒絶し、不快感さえ示したのです。
「他人のあなたにAさんの病状を伝えることは出来ません。めいごさんか、おいごさんに聞いてください」
「私はプロの意見を伺いたいのです。たとえば、山梨の温泉つきのショートステイ施設に移ることは果たして可能か……とか」
「言えません。契約者にしかプランの情報は渡せません」
見事といえば見事。二〇〇五年四月一日から施行の個人情報保護法は、こうして日本の現場でこんなにも厳しく守られています。
「私は怪しい者ではありません」と伝えても、相手はひたすら怪しい者に対するように、冷たく事務的な言葉で返してくるのでした。
「助けて」という声に応えて、手をしっかりとにぎってくれた近くの他人には、何の情報も与えられない。法的にはそれが全く正しい。でも……と私の中に割り切れない思いが残ります。

在宅ホスピスケアの仕事でいのちの最期を見守ってきましたが、それをやり通すことの出来る力を持った家族は、日本中で多くはなく、いのちに関わるコミュニティの力はそれ以上に小さくなっているのが現実です。昔ならコミュニティが支えてきた喪(も)の期間も、今の日本では在宅ケアチームも参加して支えなければ成り立たないように思う。だからこそ、他人だけれども、最後に出会った友人として、私たちは患者さんの隣に立ってきたのです。いのちに向かい合う者たちが、一番小さな新しいコミュニティなのだという思いを胸に。
さて東京の下町にやっと残っている、他人のおせっかい≠ネ関わりに水を差してしまったら、東京の暮らしは本当に乾いて、息苦しくなることだろう……と心配です。
心配していたAさんですが、おいごさんとめいごさんが実の子どもでもできないくらい必死につき合ってくれて、無事、山梨のリハビリ病院に転院できました。ひとり暮らしに戻るために、現在リハビリ中です。
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