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こころの宝物を見つけに

太陽の母

今年で83歳になる私の母(内藤富士丸)は、去年の夏に子宮筋腫の手術をして、一時体力がめっきりと衰えた。しかし、今年の初めから気力が回復してきて、好奇心ももどってきた。趣味の絵手紙を画いて友人たちに送るようになって、私も弟もほっとしているところだ。
「女子駅伝・山梨県1位の私も、年齢には勝てないわ……」と言いながら笑顔は明るい。私たちがすすめて自伝の続編を書き始めている。私の家に久しぶりに寄った母はその続編のひとつを語り始めた。ほぼ80年前の記憶(思い出)である。母の母おこう≠ウんという女性は素晴らしい人だった。そう私たちに語り続ける母の心は今も昔も一点のくもりもない。だから、幼い頃から私たち孫もこうあばあさん≠フことを最大限の尊敬の目でみていたことを思い出す。母の思い出は、このような文章で残っている。

『あたごのお山でドンが鳴ったら母に会える、お昼ご飯が食べられる。毎日その時間が待ち遠しく、何度も近所の人に訊いていた。

──そういえば、昔「ドンが鳴ったら」っていう話を聞いたことがあるな。あれって、どんな話だったけ?

富士丸 ドン? ああ、ずっと小さい頃の話だね。まだ学校行く前だよ。私が小さい頃ね、母は製糸工場に働きに行ってたの。12時になるとあたご山で大砲が「ドンッ!」て鳴るんだけど……。

──大砲?

富士丸 そう、大砲が「ドンッ」て。お寺の鐘みたいなもんかね。市民に時間を知らせるため、12時に大砲を鳴らすようにしてたの。それが鳴ったらお母さんがお昼休みだから、すぐおいでって。「ドン」が鳴ったらすぐおいでって言われてたの。お昼ご飯の合図だからって(笑)。お母さんに会えるし、お昼ご飯が食べられるんで、その「ドン」が待ち遠しくて、待ち遠しくてね。近所のおばあちゃん達に、朝からずっと「ねえ、ドンはもう鳴った? もう鳴った?」って何度も聞き回って、「ドン娘」なんて呼ばれてた。鳴ったら自分の耳でも聞こえるはずなのにねえ(笑)。本当に待ち遠しかったね……』

お昼になれば母に会える≠ニいう切ないほどの気持ち。貧しくても母と食べるお昼のおいしさ。そういう思いが80年たっても色あせないで残っていることに驚くが、それほどまでに、母という存在は幼い子どもにとって大きく重要だということを私たちはしっかりとわかっているだろうか。母と私の目が一緒にうるんだ。
お母さんは太陽でありたい。80年たっても子どもがその温かさを肌で思い出してくれるような明るい太陽に──。

 

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