皆さま、花粉症はいかがですか? 今年も症状に悩まされている方が周りにたくさんいます。花々が咲き始めるこのすてきな季節に日本中、くしゃみの大合唱だなんて!
この三ヵ月は、短い出会いの中での看取りが続きました。正直に告白してしまうと、初めてお会いした時に、ああ、この方はだいじょうぶ≠ニいう職業的な予感が最近わくようになりました。何がだいじょうぶなんですか?≠ニたずねられると、ちょっと困りますが、その時私の心の中に浮かんだことをお話ししましょう。
まず、その方と家族と私たちの間に、出会った瞬間信頼≠ニいう絆がピピッ! と誕生したように感じること。家族の強い愛情がその家庭にあること。その方のそれまでの人生が満ち足りた人生であると感じること。もしそれまでの人生が幸せであるならば、人生の一部であるターミナル期(終末期)も死も、必ず幸せであるはず、と思えること。だから、だいじょうぶ。恐れなく、不安なく、最期の日々も過ごせるのだろうと感じるのです。もちろん、家族や私たちも、時には心身ともに疲れ果て、緊張が高まることもあります。その時、私はよく音楽を聴きます。ヘッドホンで静かな自分の世界にひたるのです。
七年ほど前に知り合った音楽家の成田考司(こうじ)さんはバスーンという楽器で素朴で深みのある音楽を奏でます。彼のCDに載せた私の推薦の言葉は、七年前より現在にこそ通じる現実に触れています。どうぞお目通し下さい。
やすらぎのバスーンU (成田考司・センチュアリ アーツ)
〜この世のぜいたく〜

「この世での一番のぜいたくは何?」という問いに、あなたは何を思い浮かべますか? たぶん様々な答えが浮かんでくるはずです。日常がほぼ平和に流れる日本で暮らす私たちにとっては、「ぜいたく」は形に表しやすいことのひとつではないでしょうか? 私に返ってきた答えのいくつかを御紹介します。
・有能なハウスキーパーのいる、センスのよい調度に囲まれた快適な家。花々にあふれた庭園で暮らすこと ・ストレスから解放された自由の時間 ・サービス満点の五つ星ホテルの週末 ・全身ブランド品で固めること ・運転手付きの車をのりまわすこと ・おいしいお酒をあびるほど飲むこと ・好きな人と好きな時に旅行すること ・毎食がごちそうであること
もしこれが世界中に実在する戦禍や貧困にあえぐ空の下での質問だとしたら、まったくちがう答えとなると思います。
・銃声の聞こえない平和な一夜 ・雨露のしのげる家 ・乾いてさっぱりとした寝具で眠ること ・三度食事がとれること ・家族全員が満腹になるほど食べられること ・みんなで笑って過ごせる日・学校に行って学ぶこと

私たち日本人は、本当のぜいたくが目の前にたくさんありながら感謝して受け取ることを忘れ迷宮へと疾走し続けているように感じてなりません。「本当のぜいたくとは何か?」という問いは、また、私が、在宅ホスピスケアの中で、患者さん方からいただいた問いでもあるのです。「限られた生命」であると自覚した時、初めて私たちは、自分たちにとって一番大切なものに気づくのです。目のくもりを落として周りを見渡せば、そこに大切なものがたくさんあるという真実……。他人の生命、家族を囲む幸せ、平凡な日常の幸せ、そしてエネルギーの源である愛の力……白状してしまいますと、私にとってこの世のぜいたくのひとつは音楽を捧げられる≠ニいうことです。しかも成田考司さんのファゴット演奏に触れますと、人生の道のりのあちこちにじっとかくれている「至福の時」の存在を確かに感じるのです。
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