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こころの宝物を見つけに

「幸せ」に気づくとき

10代のころから旅にこころ魅かれてきた。外国語も好きだったから、もし医学の道に進まなかったら、世界各地を訪ねる仕事に就いていたかもしれない。25年前に医者になり、ターミナル・ケア(終末期医療)という、いのちの終わりに関わる仕事をずっと続けている。24時間体制の責任の重い仕事だが、何とか代理を探して、月に一度は遠出の講演に出かけてきた。
2週間前は、聖路加国際病院名誉院長・日野原重明さんと曽野綾子さんの講演会のお手伝いで、青森まで出かけた。この会のメーンタイトルは、「メメント・モリ」(ラテン語で、「死を想え!」の意味)という重いものだったが、約1000人の熱心な参加者で席は埋まった。

前日の夜、友人3名と地元の人でいっぱいの居酒屋に出かけた。
「ここでしか食べられない物をお願いします!」
ワクワクして、よだれを垂らさんばかりに私は注文した。山梨県に住んでいるので、海の幸はどれもめずらしい。私たちの期待に応えて、料理人のおばさんが、はりきって私たちのテーブルに運んできてくれた物は・・・。私たちの目は、器の中に釘付けになった。たくさんの小さな透明な魚がピチピチと跳ねている。
「白魚の踊り食い、美味しいよ」
「わっ! ダメです。火を通して下さい」
「エー?! お客さん、ここの魚は全部活きているんだよ。火を通したらもったいない」
「イカも、なるべく動きが止まってから持ってきて」
その夜の私たちは、皿に並ぶ新鮮な活き物に、恐る恐る箸を伸ばした。
「どんなターミナルケアの現場でも動じない内藤さんの、うろたえた姿を初めて見たわ」
この夜のことは、3人で思い出しては、その後何回も笑うことになった。

日本各地に、さまざまな風土と暮らし方がある。しかし、日本のどこでも、いや、世界のどこでも変わらない現実がある。人として生まれ、人と関わり、どう生き、どう死んでいくか、ということだ。どの人にも平等に与えられる人生の課題。私が4月に出会った患者さんのことをお話したい。

68歳の女性。肺がんになり、3年間治療を続けてきた。しかし、全身に転移が広がり、ついに治療の手段がなくなった。病院の個室で、じっと1日中、白い壁を見つめながら彼女は深い絶望にとらわれた。「生きたい」という気持ちより、「この不安をおしまいにしたい。人生にピリオドを打ちたい」という気持ちの方が日々強くなったという。
ある日、思い切って家に外泊した。目が覚める思いがした。「あの個室には戻りたくない」、そのまま退院してしまった。
3歳と5歳の孫の、幼稚園バスまでの送り迎えが一日の大切な行事となった。初めての往診の日、彼女は私に向かってにっこり笑うと、こう話し出した。
「先生、思い切って家に帰ってきて本当に良かった。こんな身近に、こんなにたくさんの幸せがあることに、気づけたんですから。病気に感謝したいほどです」
驚くほどの重い病気を抱えているのにもかかわらず、「幸せだわ」と口に出した時、人生の大切な課題を、彼女はほとんど解決したのではないだろうか。4週後に亡くなるその瞬間まで、彼女は家族の愛に包まれて、笑顔と共に生き抜いた。

 

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