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夕方の空を見上げると、晩秋のまだ暮れきれずにいる薄い水色の空に浮かんだ雲が、夕日に照らされてピンク色に輝いて見える。それをじっと見ていると、急いで暮れてゆく秋の空は、あっという間にピンク色の雲をつかまえてラベンダー色に変え、やがてグレイになって、静かに闇に飲み込まれてゆく。東京に居ても自然を感じる時間は空を見つめるとあります。わたしは空を見るのが好き。明けゆく空を、澄み渡る空を、夏の空を、冬の空を、星空を、そこには、何ひとつ不自然なものは無くて、ただ美しい、ありのままの色と形があるのです。何も拒まない美しい空を見るだけで、胸がいっぱいになるのです。ただ、なるようになってゆく空。されるがままに色を変え、形を変えてゆく空。だけど、そこには変わらず空があります。

しなやかに生きてゆくことはわたしにとって、簡単なことではありません。明日の天気も知れないのに、明日に履く靴のことを考えたり、自分の気分の変化さえ解りもしないのに未来の自分を少しばかり案じたりするのです。それは、欲張りな自分ゆえのバカらしい心配ごとだけれど、そんな心配ごとに突き動かされて毎日を走り抜けている自分も居るのも知っているのです。走り抜けることの達成感、充実感、それを知る楽しさ、嬉しさ。それは、まるで、心配と欲望と快楽の追いかけっこのようです。
この贅沢な終点のない追いかけっこを宇宙の欠片の上でチョコマカとしているわたしは、空に憧れつづけているのです。空を見上げて──。
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