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◆ひとつの林檎
◆雨の向こう側に。
◆フワリと空に
◆愛について。
◆夜空を見上げて――。
◆アンテイキョウキュウ
◆星の夜空に。
◆鏡の中にいるわたし
◆キラキラやピカピカ
◆わかっていても
◆ゼラニウムとわたし
◆けやき並木に
◆あてがなくても
◆わたしが消える日
◆空を見上げて
◆ヘンテコなステップで
◆くらしの中に
◆ゆびさきに春
◆春の扉
◆わたしの夢
◆美しい晩に
◆空の劇場
◆星を飾れば
◆秋も深まる頃に

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◆インデックス

わたしを見つける場所

ゼラニウムとわたし

もう二度と買わないと心に誓っていた鉢植えの花を、誘惑に負けて買ってしまいました。ショッキングピンクのゼラニウムの鉢です。あまりの可愛らしさについつい誘惑されたのでした。もう、いくつも、同じゼラニウムの鉢を枯らしてしまっていると云うのに……。だから、もう二度と鉢植えの花は買わないと誓っていたけれど、ショッキングピンクのゼラニウムは、今、わたしの部屋のベランダにあります。蕾を沢山つけて雨粒にぬれています。蕾はずいぶんとふくらんで、いよいよ花が開きそうです。このまま育ってくれれば、この春、そしてこの夏の間中、ショッキングピンクの花は咲き続けて、わたしを喜ばせてくれるでしょう。

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植物を育てようとすると、自分の性格が見えてくるような気がします。ゼラニウムを通して自分を観察してみると、わたしは、いささか、せっかちのようです。早く花が咲かないかと、日に何度も何度もベランダに出ては、あるいは窓辺に顔をくっつけて、ゼラニウムを見たりしています。そして、手をかけすぎるようです。太陽が出ると、いっぱい陽の当たる場所へ場所へとゼラニウムを移動させたり、ムラなく陽に当たるように鉢を回転させたりしています。今回は注意しているけれど、栄養素や水も与えすぎになりがちです。前のゼラニウムはこのせいで枯れてしまったようだと察しがつきました。

かと思うと、仕事がどうにも忙しくなると、すっかりゼラニウムの事など忘れたように、放っぽり出してしまうのです。元気のなくなってきているゼラニウムに気がついて、手をつくしても、もはや遅し――。というのが前例なのです。何かに夢中になると、それだけにしか集中できなくなるのがわたしなのです。相手の立ち場や性格に合わせるのが下手なのだなあと思います。愛し方が下手なのかもしれません。生きている物とかかわると、自分が見えてくる。会話のできない相手だけに、自分を素直に観察できる気がします。

この愛するショッキングピンクのゼラニウム、今回は、きっと枯らしたりしたくないけれど、植物を育てる事で自分の性格が見えてくるなんて、今さらながら気が付いて、ますます枯らす事は出来ないなぁ。

 

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