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毎日が慌ただしく過ぎています。「慌ただしい」と辞書で引くと――、「忙しくて落ちつかない。」と書かれてあるけれど、正しく、その通り、なにしろ忙しくて、なにしろ落ちつかないのです。あれもしなくちゃ、これもしたい。古い靴下と新しいシャツと一緒になって洗濯機の中でグルグル回っているようです。よく落ち着いて考えてみれば、どれから先に片付ければ良いのか、何から片付けたら効率良く物事が進んでゆくのか解りそうなものなのに、こう慌ただしいと、思った先から片付けて行かないと何かを忘れてしまいそうで、ますます頭がこんがらがってしまうのです。おかしいもので、そんな時程、急に読書を始めてみたり、なんだか夜更かししていたりしていて、自分でも厭になったり呆れたりです。
あまり急いでいるので、自分が怒りっぽくなってしまっているのが解ります。道を歩いてたら、前を行く人の歩調が遅いし、買い物をすれば、店員の手際の悪さが目立つし、お料理したら、思わず勢い良く振り入れたお塩にやつあたりして……。何ひとつ良い事は無いように思います。

「スローライフ」と云う言葉が流行しているようですけれど、わたしはヘソマガリなせいか、この気楽な言葉が好きではありません。それとも、気楽さを装っている言葉なのでしょうか? 地球環境や世界経済、戦争の事を考えると、「スローライフ」なんて言葉はなんだか、ナマヤサシイ言葉に見えて来るのです。今、地球は飽和状態。地球に住むもの全てが多かれ少なかれストレスをかけられているように思えます。全てに平等な世界があるとは思えないけれど、人それぞれに自分なりの生き方、他人と比べない人生こそ、この宇宙にあるものの自然のカタチなのではないのかと思えるのです。
「欲張らないこと」この言葉を、この数年、わたしは心の中に大切にしています。欲張ることこそ、いろいろな均衡を乱し、心の平和を壊すものだと感じています。欲張って、理想への実現を急ぐより、自分にとって本当に大切なものは何なのか、本当に必要なものは何なのかを、落ち着いて考える事が大切なのではないのかしら?と、慌ただしい毎日の中で、改めて考えたわたしです。わたしの小さなパニックは果てしない宇宙のパニックの小さな小さな小さな一部に違いないはずなのですから。
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