●果てしなく続くサバンナの大地
私の母は、元気一杯で好奇心旺盛。私が夫の仕事の関係でケニアへ行くことが決った時、「アフリカへ遊びに行ける」と、母は大喜びだった。そんな母と叔父がケニアに遊びに来ることになった。
母娘で遠慮のないこともあり、私たち親子は長時間一緒にいるとしょっちゅう始終ケンカをする。そのため、母と一緒に旅行するのは毎回少しだけ気が重かった。だが、今回は頼もしい助っ人がいる。上海で働く私の友人も一緒に旅をすることになった。時を同じくしてケニアに来ることになったのだ。彼女は、話し好きでどんな人とも楽しく過ごせる女性。彼女が旅に加わることで母から私に注がれるエネルギーは、友人がいるから少なくともが半分になるだろう。そう考えると今回の旅行はとても気が楽だった。
さて、三人の客人をどんなところへ案内しよう。
ケニアといえばやはりサファリ。ケニアにはいくつもの国立公園があるが、私はアンボセリ国立公園を選んだ。アンボセリ国立公園は、七大陸最高峰の一つ、標高5,895メートルのキリマンジャロを望むことができる。
ナイロビからアンボセリまでは小型プロペラ機で1時間弱。私たちは、サバンナの中に滑走路と小屋がポツンとあるだけの空港に降り立った。空港から迎えの車に乗り込み、まずはホテルへ。国立公園内にある、ロッジ風の素敵なホテルに到着。ホテルの部屋で少し休憩した後、早々にサファリへ向かった。
象、シマウマ、キリン、ガゼル、インパラなど、日本では動物園の狭い檻の中でしか見ることのできない動物たちが、どこまでも続くサバンナに悠然と存在していた。ガイド兼ドライバーのマサイ族の男性は、驚くほど視力が良く、私たちの肉眼では見えない遥か彼方にいる動物を見つけ、車で近寄っていき、観せてくれた。そして動物の生態など丁寧に説明をしてくれたが、私たちが訪れた6月中旬は、あまり動物が多くなく、ライオン、チーターなどの肉食動物にはお目にかかることができなかった。さらに残念なことに、雲で霞み、キリマンジャロは姿を現さなかった。
●「草原の貴族」マサイ族の村
ホテルで昼食をとり、午後は、ドライバーのマサイ族の男性に勧められ、マサイの村を訪れた。
マサイの村の周囲は、とげを持つアカシアの木の枝で作った柵で囲まれていた。猛獣から家畜を守るためだという。村へ入っていくとすぐに村人たちが次々と現れ、歓迎の踊りと歌で迎えてくれた。
ジョセフさんという男性が、村の中を案内してくれた。家にも招待してくれ、大きなビー玉を使った遊びや、火の熾し方などを教えてくれた。マサイの暮らしを知ることができた。
マサイ族は、狩猟と放牧を糧にケニアとタンザニア北部で暮らしていた原住民で、勇敢で誇り高いことから「草原の貴族」と呼ばれている。マサイ族は一夫多妻制で、70歳の村の長老は6人の妻がおり、ジョセフさんには2人の妻がいた。妻はそれぞれ家を持ち、夫は妻の家へ通うのだ。
国の政策により、マサイ族は放牧を自由にすることができなくなっていた。この村では1998年から観光客を受け入れ、観光料とお土産による現金収入を、生活費や子どもたちの教育のために使っているという。
私たちは、村人たちが作った工芸品が並ぶ土産屋を訪れた。各家庭で作られた工芸品が並べられ、それはちょっとした市場のようになっていた。皆、商売熱心で、あちらこちらから声がかかった。土産を買い村を出るときには、訪れたときと同様に、お別れの踊りと歌で私たちを見送ってくれた。束の間だったが、マサイ族の暮らしぶりに触れることができた。
マサイ族の村を後にし、再びサファリへ。先ほど見えなかったキリマンジャロがうっすらと姿を現していた。
「大自然はすごい! 本当に来て良かった」
母、叔父、友人は感激し、とても喜んでくれた。その喜ぶ姿が私には一番嬉しかった。
●ハプニングも旅の醍醐味?!
日本とアフリカは遠い。そんなアフリカへ旅行するのは、今回の旅行が最初で最後になるから、いろんなところへ行ってみたいと母と叔父から言われ、ザンビアとジンバブエ国境にある世界三大瀑布の一つである、ビクトリアの滝へも足を延ばすことにした。
朝、ナイロビを出発し、昼前にザンビアの首都ルサカに到着したが、ルサカからビクトリアの滝のあるリビングストーンへ飛行機を乗り継ぐ時に、思いもよらぬ事が起きたのだ。ルサカで入国審査を終え、搭乗手続きカウンターへ行くと、「登場名簿にあなたたちの名前がありません。飛行機に乗りたかったらここでお金を払って航空券を購入して下さい」と言われたのだ。
そんなバカなと思いながら、ナイロビで購入した航空券を見せても、交渉の余地さえない。ナイロビからルサカまではケニア航空、ルサカからリビングストーンまではザンビア航空。この2つの航空会社の間で連絡ミスがあったらしい。必死になってケニア航空の職員を探し出し、2社の職員で話し合ってもらうものの、お互いの非をなすり合うだけで、進展がなかった。
アフリカは日本とは違う。もしここでお金を払ったら、返金される確証はなく、かりに返金されるとしてもかなりの時間と労力を有するだろうと思い、購入してある航空券で何とか乗れるよう、2社の職員を相手に交渉を続けた。
最初は笑顔、その次は泣き落とし、どちらも効果がない。その内に沸々と怒りがこみ上げ、「あなたたちのミスなのに、どうして飛行機に乗れないんだ!!」と大声で怒鳴り散らしてしまったのだ。私の剣幕に驚いたのか、それまでのらりくらりとした対応とは打って変わって、どうぞ乗って下さいと、新たに航空券を購入することなく、無事飛行機に乗ることができた。
このことでエネルギーを使い果たしてしまったせいか、リビングストーンに到着し、ホテルに着いた時には疲れ果てていた。それでも、母、叔父、友人が労ってくれたことで元気を取り戻し、気持ちを切り替え、早速ビクトリアの滝へ向かった。 |