●旅が教えてくれるもの
宿の食事は、夕食も朝食もとても美味しかった。
夕食では、ワインに前菜、メインのサルティンボッカ、パスタに焼きたてのフランスパンやデザートといった盛りだくさんのイタリア料理のフルコースと、子供用には、食べるのが惜しいくらい可愛い盛り付けのお子様ランチが用意された。
朝食は手作りの焼きたてパンにオムレツ、そしてサラダ。息子の朝食プレートは夜のお子様ランチ同様にかわいくて、動物の形のパンをもったいなさそうにちぎって食べていた。
「食事をゆっくり味わって食べることってないかも!」と口を揃える父と母。そういえば、私自身も普段は、ササっと調理してろくに味わいもせずに食事している。息子はそんな姿をどう見ているのだろう。宿でのゆったりとした食事を満喫しながら、美味しい食事は人の心を幸せにするものだってことをあらためて実感。家庭でも、食事の時間をもう少し大事にしょうと思った。
そうそう。ゆったりといえば、やはりお風呂タイムだろう。孫と二人で露天風呂に浸かって、父はとても楽しそうだった。私も母と水入らずで温泉に。特別何かを話すわけではないけれど、空一面の星を眺めながら、芯から体を休めることができた。朝一番の露天風呂も格別。爽やかな風と目の前に広がる鮮やかな緑色がいまも脳裏に浮かぶ。こんな穏やかな空間を求めて、人は旅に出たくなるのだなぁと思う。
●自然に包まれて心も解放
二日目は那須ロープウェイに出掛けた。休日は観光客で混むと聞いていたが、それほど待たずに乗ることができた。
山頂駅に着くと、「じいちゃん、もっと山の上まで行きたい!」という息子の言葉に後押しされ、「よし、じゃぁ登ってみるか」と、父は息子と手をつなぎ歩き出す。「ママもばあちゃんもこっちに来てよー!」と呼ばれ、仕方なく母と私も歩き出し、ちょっとした“プチ登山”を体験することに。息子は「カメラ貸して!」と言うと、初めて見る風景にひたすらシャッターを押していた。そういえば息子にとっては初めての登山かもしれない。
頂上に近づくほど道は急な登り坂になり、頂上に着く頃はかなり息切れしていた。さすがに疲れた私たちは、景色を見ながらしばらく体を休めた。特に話をするわけでもなく、それぞれが、ただただのんびり。<この空気って、家族独特のものだなぁ>と思いながら、目を閉じて深呼吸する私。
下山の途中、息子が勢い余って転び、膝を擦りむいてしまった。ちょうど通りかかった山の環境保全の腕章をした方に、大きな絆創膏を貼ってもらった息子は、勇気百倍。「おじさん、ありがとう」と嬉しそうに言うと、また元気に歩き出した。絆創膏は傷を守るだけじゃなく、心も元気にしてくれた気がした。
ロープウェイの乗車口へ向かう途中、両親は始終手をつないで歩いていた。照れるでもなく自然にそうしている。結婚して30年以上経つのに、相変わらず仲が良いな〜と、感心せずにはいられなかった。
●父と母と、私の“旅”
帰りの道も混雑もなくスムーズに進んだ。父の運転する後姿に、私の小さい頃を思い出す。
曲がったことが嫌いで厳しい父ではあるが、声を荒げることも手を上げることもなかった。自営業だったから、小さい頃から家にはいつも父がいて、「一緒に乗っていくか?」と、トラックに乗せてもらい、父の好きな演歌を歌いながら、一緒に配達や仕入れにまわり、父の仕事を見ながら育った。
反対に母とは、度々衝突してきた。母自身が家事もろくに出来ないままに嫁いだものだから、娘には同じようになってほしくないと、あえて厳しく私を育てようとした。そんな思いを汲めない私は、<何で私にばかり厳しいの?>と母の存在をずっと煙たがってきた気がする。母の話を最後まで聞かずに、自分の意見を押し、口論になることがよくあった。母から見た私は、いつも強気で反発する娘だったらしい。それでも母は、根気よく私に向き合ってくれていた。
旅も終わりに近くなった頃、母に「最近、やっと普通に話ができるようになったね」と言われた。思えば、結婚して子供を産んで、実際に育てていくなかで、少しずつ母の思いに気づいてこれた気がする。反抗期をやっと卒業し、こうして一緒に旅ができたことが嬉しかった。
後日、実家に顔を出すと、母が「あれは、なんだったんだろうね〜。ほんとに旅行したの? ってくらい、短かったよね〜」と一言。
いつもどっしりと構えてあたたかく家族を見守る父と、常に明るく自然と周囲を和ませる母の姿は、日々の暮らしでも、旅先でも変わらなかった。それが意外でもあり、新鮮でもあった。
夫婦が仲良く自然体でいるためには、お互いの“ありのまま”を認め、歩み寄っていくものなのかもしれない。旅先の両親のふれあいを見せてもらったことで、私も夫と息子と共にあったかい家庭を作っていきたいなと、あらためて思うことができた。
お父さん、お母さんありがとう。いつかまた行こうね。
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