●小さな親孝行のつもりで
両親との初めての旅行は、私が生後7ヵ月のとき。「また来年も行こうね」と約束したらしいが、私が小さい頃は父の両親や兄弟が同居する大家族で、自営業だったこともあり、なかなか実現できなかったという。その後、私の下に妹や弟が生まれ、母も子育てに手一杯になった。
弟が高校を卒業した頃にはようやく落ち着いて、両親なりに時間を楽しめるようになったが、私も妹も家庭を持ってしまったから、親子旅行はできないままになっていた。
定年を迎えた父と、今も忙しい母のために、少しでも日常から離れてゆっくりできる時間をプレゼントしたいと思い、「一緒に旅行に行こう!」と声をかけた。すると父も母もとても喜んで「夢のようだ」と言いい、「29年ぶりの旅行だね」と感慨深げ。予想以上の反応に驚いたが、それほど自分たちの楽しみというものに時間を割いてこなかった両親だったのかもしれない。
「那須あたりなら、涼しいし自然も豊かだし、いいんじゃないか?」
「こんな感じで回ろうと思っているんだけど、どうかな?」
行き先は父の一言で決まり、観光場所やルートもしっかりとメモに書き留めていた。
実家とは目と鼻の先の距離だけど、なかなかゆっくり話もできない。物心ついてからの初めての親子旅行はどんな旅になるのだろう。前夜は子供みたいに興奮してなかなか眠れなかった。両親とゆっくり過ごす貴重な時間を大切にしようと思った。
当日の晴れ渡る空を見上げ、「本当に、今日が来てしまったね…。なんだか信じられないね!」と嬉しそうな母。両親と私、そして6歳の息子も一緒に車で家を出た。
●旅先での夫婦の姿
那須に着いた私たちは、もみじ谷大吊り橋に向かった。全長320メートルという。橋の上からの景観は見事で、空を見上げればトンボがいっぱい! すでに秋の気配が漂っている。高いところを恐がらない息子がスタスタ歩いて渡ると、たいしたもんだと感心する両親。虫好きな息子がトンボ捕りに夢中になると、楽しそうにその様子を眺めている。とても涼しくて、心地よい風が流れるとても穏やかな光景だ。
吊り橋を往復し終えると、突然父が「会社の定年した先輩がこの辺に住んでいるんだ。行ってもいいか?」と母に。「急におじゃましては失礼じゃない?」と母も私も困惑気味。でも父は引かない。結局予定にはなかった知人宅への訪問を決行することに。
定年後、自然豊かな那須で暮らすことを決めたご夫妻は、お互いの趣味を楽しみながらのんびり暮らしているという。手入れの行き届いたキレイな庭がとても印象的だ。「二人では食べきれないのよ」と、大きなスイカを切って出してくれた。
「桃井農場のアイスクリームが美味しいわよ。是非食べてみて」と勧めるご夫妻は老後を穏やかに満喫しているようだった。そんな様子を父と母はどんなふうに受け止めたのだろうか。でも、二人とも現役でがんばっているし、両親に『老後』というイメージを重ねることは、私にはできなかった。
ご夫妻から伺ったアイスクリームを目当てに桃井農場に向かった。さすがに名物なだけあって既に行列ができていた。並んで買ったアイスの味は格別で、濃厚な味わいはまさに農場のアイス!
一つ食べ終えた母が「もう一個食べていい?」とおねだり。「しょうがないなぁ。買ってきてやるよ」と面倒くさそうだが行列に並んでくれる父。そして2個目も嬉しそうに食べる母。「美味しいから3個目に突入したかったけど、我慢したの」と私に耳打ちする母は、あきれるほど可愛いらしい。とても甘え上手だなぁと思う。夫婦円満の秘訣なのだろうなと感心する。
●父の優しさ
父はとても優しい人だ。だいぶ以前に息子が実家でテレビを見ていて、「じいちゃん、滝が見たい」と言った言葉をちゃんと覚えていて、乙女の滝に連れて行ってくれた。
急な階段を下り滝壷まで歩いていくと、初めての滝を目前に感動する息子の手を取って、岩場の歩き方を教えてくれた。息子の手を引く父はとても嬉しそうだった。
宿の部屋では、母のリクエストに応え、父が肩のマッサージさせられていた。息子に「じいちゃんとばあちゃん、ラブラブだね〜」と言われ、苦笑いの二人。父のマッサージはとても気持ちがいい。日ごろから母は、肩が凝ると決まって父のところへ行って背中を見せマッサージを催促する。父は「俺も疲れてるのに…」と言いながらも、丁寧にマッサージしてくれるのだ。いつも穏やかな父は旅先でも変わらない。
夜、布団を並べて寝ていると、母が「そういえば、せっかく旅行に来たのに、特別語り合ったりしてないね! これってどうなの?」と言う。けれど、「特別なことは何もないけど、こうしていつもと変わらずに居られるってことが、我が家のいいところかもね!」という結論に。母も私も妙に納得して、ゆっくりと休むことができた。
|