●朝の読経
私は今回、とことん仏教の世界に浸れるよう、お寺の宿坊に泊まることにした。そのなかでも、知恩院の宿坊「和順会館」に決めたのは、朝の読経に参加することができて、さらに先祖供養もしてもらえるという理由からだった。
朝5時半。境内に一歩足を踏み入れると、ひんやりとした空気が立ち込め、荘厳な雰囲気に思わず背筋がピシッと伸びた。
はじめに、阿弥陀堂の阿弥陀さまの前で、お坊さんの声に合わせて、訪れた信徒の方々と一緒に「南無阿弥陀仏」を唱える。順番に木魚もたたかせてもらった。ただひたすらに「南無阿弥陀仏」を唱えた私は、いよいよお勤めが行なわれる御影堂へ。
大勢の信徒が集まるなか、内陣にズラッと並ぶお坊さんたち。なかには女性も数人いる。宿坊に泊まった人たちは同じ内陣に入ることができる。私も末席に座らせてもらった。まもなく読経が始まる。
広い御影堂の中が、お坊さんや信徒の方々の読経の声でいっぱいになる。共鳴しながら響くその声に聞き入っていると、不思議な大きな力のようなものを感じた。お経の内容はさっぱりだったが、響き渡る声が体の中まで響いてきて、幸せや平和を一心に念じている思いが伝わってきた。そんな荘厳な空気が満ちたなかで、我が家の名前もしっかりと読み上げられ、先祖供養もしていただくことができた。
読経が終わるとお坊さんがお説法をしてくださった。どんな難しい話なのかと思いきや、SMAPの『世界に一つだけの花』の歌詞を例にあげ、「この世にただ一つだけの自身の命を生かすことが、命をいただいた私たちの、生まれてきた大事な目的である」と、わかりやすく一日一日を精いっぱい生きることの大切さを教えてくださった。
初めての宿坊体験。宿泊料も手ごろなうえ、普段の生活では味わうことのできない、荘厳な空間をじっくりと体験することができた。また京都に来る機会があったら、今度は違う宿坊へも宿泊してみたいと思った。
●老舗の調味料専門店
朝から読経に参加し、身も心も清々しくなったところで、京都観光をスタート。歴史の古い京都には昔ながらの専門店が多く残っている。初めに訪れたのは油専門店。私が訪れた店も創業200年というから驚きだ。さすが、京料理というジャンルが確立している土地柄だけある。
店内は江戸時代の商店を思わせる雰囲気だ。胡麻油とオリーブオイルがお目当てだったが、油の試食があるのに驚いた。さっそくお店に並ぶ胡麻油、落花生油、しそ油、オリーブオイルなどを味わわせてもらう。油というと、ギトギトしたイメージがあって、なめるのに一瞬躊躇してしまったが、この店の油はさらっとしていて、しつこくない。おいしいのだ。胡麻油と気に入ったオリーブオイル、さらに椿油も購入した。
京都には他にも、醤油や酢、味噌などの専門店があるという。大量生産が主流の現在、昔ながらの味と伝統を守り続けるその姿勢に敬意を表したい。
●WABI・SABI
京都で、自由に見て歩く時、大きな味方になるのが市バスの「1日乗車券」。500円で、指定区間内が一日中乗り放題なのだ。おかげで、京都市内を縦横無尽に移動することができた。まだ紅葉には早かったけれど、美しい庭園を探し歩くことにした。
京都駅からバスに乗ること40分。「詩仙堂」にやってきた。ここは、JR東海のポスターでもお馴染みだ。いくつもの寺院を廻ったが、ここの庭園を眺めているときが一番ホッとできた。木々と白砂、そして季節の花を配置しているだけなのに、なぜこんなにホッとできる空間が作れるのか、とても不思議に思う。これが「わび・さび」の世界なのだろうか。そんなことを考えながら、ただただボーっと庭を眺めるだけ。時おり聞こえる鹿おどしの音に心が洗われるよう。
<日本人でよかった>、そんな思いがこみ上げてくる。
詩仙堂から歩いてすぐのところにある「圓光寺」は、洛北最古の池を中心に緑鮮やかな木々が植えられていて、詩仙堂の庭園とはまた違った風情が堪能できる。きっと、紅葉の時期になると、この緑が赤や黄色に様変わりするのだろう。
庭を歩いていると、ふと不思議な音が聞こえてきた。周囲を見回すと、「水琴窟」と書かれた案内板と水鉢があった。初めて聞く「水琴窟」。大きな水鉢からあふれた水が、「キランキラン」と透明感あふれる音を奏でている。聞き逃してしまいそうなほど小さな、その美しい音色はとても耳に心地よく、いつまでも聞いていたい思いにかられた私は、しばらく水琴窟の前で足を止めてたたずんでいた。
往復夜行バスという、ちょっと強行軍な旅だったが、たっぷりと充実した時間を過ごすことができた。多くの寺院仏閣に参拝し、じっくり味わうことができたし、今まで体験したことのない写経や早朝の読経はとても新鮮だった。修学旅行ではただ見て周っただけの京都・奈良だったが、今回の旅では神仏の世界が少し身近に感じられ、思っていたよりも心地よいと感じられる自分がいた。こう思えるようになったのも、私が少しは大人になったという証拠だろうか……。いや、そう信じたいものだ。 |