●そうだ! 京都へ行こう
小学生のころから、歴史だけは得意だった私。今でも、昔の面影が色濃く残る奈良、京都には強く惹かれる。できれば住みつきたいと思っているほどだ。最初に訪れたのは高校の修学旅行。その後、社会人になっても、出張の合間に京都に訪れては、お寺の庭園を歩いたり、仏像を眺めたりするのが、密かな楽しみになっている。
21世紀に生きる私の今見ている目前のものが、千年ものときを超えて存在し、ここに残っていると思うだけで、深い感動を覚えてしまう。
まだ秋の紅葉には早いけれど、仕事の合間に忙しなく立ち寄るのではなく、ゆっくりと歴史と自然を堪能するにはいい時期かもしれない。そう思い立ち、いにしえの都への小さな旅に出掛けることに。さっそく京都滞在をフルに使える夜行バスを予約した。
夜行バスを利用するのは2度目。名古屋に出掛けたときよりも長距離だが、<寝てればいいんだから……>と気軽な気持ちで出発した。社内は意外と空いていて、二人がけの席に一人で座れた。毛布やスリッパ、アイマスク、ミネラルウォーターのサービスがあり、ゆっくり休めると思ったのだが、これがどうして眠気が襲ってこない。周りからは寝息が聞こえてくるのに……。熟睡できないまま、寝やすい体制をもぞもぞしながら探しているうちに、翌朝の6時30分、終点の京都駅八条口に到着してしまった。
●写経に挑戦
最初に奈良を訪れた。修学旅行以来訪れる機会がなかったこともあり、思う存分堪能したかった。
今回の旅では、ただお寺を参拝し、景色をぼーっと眺めるだけでなく、何か仏教の世界に浸れることに挑戦しようと思っていた。ネットで調べてみると、写経を体験できるお寺がいくつもあり、薬師寺を訪ねることにした。
薬師寺では写経を始める前に、丁子を口の中で噛み砕いたり(飲まなくてよい)、香炉をまたいで身を清める。そして、輪袈裟を首にかけて合掌し、「写経観念文」を黙読した。“写経の功徳によって極楽往生できる”という意味のことが書かれているらしい。
いよいよ筆を持ち、お手本の上に和紙を乗せ、お経を一文字一文字、なぞるように書いていく。筆を持つのは10数年ぶり。緊張して手が震えてくる。筆の運びが分からず、ミミズがはったような文字になってしまい、なかなかうまく書けない。
途中から60代ぐらいの女性がやってきた。まっすぐな姿勢で座り、垂直に筆を持ち、スラスラと写経している。感心した私は、ひとまず姿勢から真似てみようと、背筋を伸ばして再び筆を持った。一息ついていると、その女性に声を掛けられた。これまでに900巻も写経していて覚えてしまっているとか。「がんばってね」と励まされてしまった。
経文に出てくる漢字には「無」が非常に多かったように思う。そして一番書くのが難しい文字だった。上手く書こうと思うと、字のバランスや傾きが気になって、なかなか満足する字にならない。
けれど書き進めていくうちに、だんだんと集中力が高まっきて、自分の字の上手い下手が気にならなくなり、書くことだけに集中できた。これが「無我」というものなのか?
一巻を書き終わって時計を見ると、なんと始めてから2時間も経っていた。完成した写経を仏さまの前にお供えし終了する。しばし清々しい余韻にひたった。
最近、写経は脳の活性化にいいということで、密かなブームになっている。実際にやってみると、一つのことに集中して取り組む達成感と、なんとも言えない心地よい疲労感に包まれた。写経は日常生活では味わえない特別な空間だと思う。何も考えない無の空間に自分をおくことで、気持ちの中で引きずっていた嫌なことや辛いことを、リセットできたように思う。私のなかでも、ブームになりそうだ。
●大仏さまと再会
その日は午後から、奈良公園を訪れた。高校以来だから記憶はあやふやだったから、新鮮な感覚で、東大寺、正倉院、春日大社、興福寺と、奈良公園一帯を廻った。
「奈良公園」といえば、有名なのが鹿。東大寺あたりではさすがに鹿の数も多くなり、漂ってくるアノ匂いも半端じゃない。餌である「鹿せんべい」を売っているお店が立ち並ぶ分、鹿のフンやおしっこも参道のいたるところに……。
高校生の頃はそんなことも気にならず、無邪気に喜んで鹿せんべいをあげていたような記憶がある。そんな純粋な心はどこへやら。確実に時は過ぎ、感覚も変化しているのだと、ある意味がっくりしながらも、中学・高校の修学旅行生に混じって大仏殿へと進んだ。
「でかい!」。あまりにも大きくて、大仏さまの顔までカメラのフラッシュが届かない。修学旅行ではじっくり見れなかったが、今回は心ゆくまで、じっくりと大仏さまのお姿を見つめることにした。
悠久の時を超えて、今なおここに鎮座している大仏さまの目に、私はどのように映っているのか。大仏さまを前にしていると、日常の些細なことでイライラしてしまう自分の、心の器の小ささに気づかされる。もっとおおらかな気持ちで生きられたらなぁと思う。
早朝、京都に到着してからというもの、精力的に奈良観光に歩き回った私。夕方には、さすがに足が痛くなってきた。翌日は京都市内を散策する予定。たくさんあるお寺や名所の中から、どこに行こうかとワクワクする気持ちをおさえ、明日に備えて早く布団に入った。 |