●最南端の「白亜の燈台」
昨日に引き続き、快晴。今日は、海を見ながら房総フラワーラインを、白浜・鴨川に向けて車を走らせる。残念ながら花の最盛期は過ぎてしまったけれど、窓を全開にして潮風をびゅんびゅん浴びながらのドライブは、私のあこがれのシチュエーションだっただけに、気分は最高。<コンバーチブルタイプのスポーツカーで>といきたいところだが、それはもっと運転がうまくなってからのお楽しみにしておこう。
その日の最初の目的地は野島崎灯台。房総半島の最南端に位置し、100年以上にわたり(1869年設置)、房総の海を守り続けてきた「白亜の灯台」として知られている。
母と二人で灯台の上にあがった。ずっと運転していた私には、結構きつい階段だった。でも、荒い息をしながら必死であがった灯台の上から見えたのは、どこまでも続く太平洋の海原だった。視界いっぱいに海が広がって、はるか遠く水平線まで見渡せた。
<地球って丸いんだなぁ>
日常生活では感じることのない自然のあり様を、しみじみと思いながら海を見つめていた。
●母との時間
灯台周辺は「野島崎公園」として整備され、ゆっくり散策ができる。母とのんびりと歩いていると、見ず知らずのおじさんに声をかけられた。
「あんたたち、もしかして親子なのかい? いやあ、似ていないね」
確かに母と私の外見は似ていない。その分、性格はそっくりなのだが……。
その言葉に母は<娘の友人に間違われるなんて>とうれしそう。
「親孝行できていいねぇ。親子旅行なんてめったにできるもんじゃないよ」
別れ際に言われたおじさんのひと言が、とってもうれしかった。
最近は、結婚した友人が多くなり、旅の日程がなかなか合わなくなった。そのせいか、気の合う母と旅行に行く機会が増えた。解り合えた相手だから旅も楽しい。それに、父が亡くなってからは、これまでなかなか旅行に行けなかった母を、いろんな旅に連れて行ってあげたいなぁと思うようになった。
親孝行しているつもりではなかったけれど、見ず知らずの人にそう言われると、ほめられているようでうれしかった。母との時間。それは今だからこそ作れるのだと思う。おじさんのひと言で、この時間がとても貴重で大切なものなんだと思えた。
●これぞ、日本のふるさと!
私がずっと行きたいと思っていたのが、鴨川にある「大山千枚田」。以前取材で行った高知県檮原町の棚田を見て、山の傾斜にたくさんの田んぼを作られた農家の方たちのご苦労を思うと、改めてそのすごさに感動した。自分が住む千葉県にも「日本の棚田百選」にも選ばれた棚田があるということで、その風景を一度見てみたいと思っていた。
鴨川から内陸に車を走らせること20分。細い山道をアクセルを踏み込んで登りつくと、棚田の風景が目に飛び込んできた。ちょうど田植えが終わった時期で、青々とした稲は光にあたってキラキラと輝き、田んぼにはたくさんのおたまじゃくしやカエルが泳いでいた。この雰囲気は、お米を食べている日本人なら、誰の心にも染み入り、自然に和めるものだろうと思う。
375枚の田んぼ一面に広がる稲が風にゆられる様はなんとも美しい。その見事な風景を眺めていると、一つ一つ手作業で植えられたご苦労が伝わってくる。そして、自然の恵みを育てている大地の力強さと尊さを、あらためて感じずにはいられなかった。
●2日間の成果
大山千枚田に別れを告げ、行きとは違うルートで千葉市内の自宅へと向かう。2日間のドライブのお陰で、かなり運転に自信が出てきた私は、あえて初めて通る道を選択した。海沿いを行くのではなく、房総半島の内陸を走るルートだ。海沿いの平坦な道と違い、内陸は峠道。私の軽自動車では、アクセルをめいっぱい踏み込まないと、山道を登りきれない。おまけに道が曲がりくねっている。小刻みにハンドルを動かしながら慎重に進む。
<まっすぐで平坦な道を走るよりも、険しい道のほうがおもしろいかも>
そんなことを考えていると、突然道が狭くなる。車一台が通れるくらいの道幅だ。
<対向車が来たらどうしたらいいんだろう?>
一抹の不安を抱えながら運転していると、案の定、前から大きなダンプカーが……。あわててバックする私に、隣の母が「落ち着いて」と声をかけてくれる。母が一緒でよかった。旅の途中では、母のひと言に惑わされたり、イラついたりもしたけれど、こんなとき一人だったら絶対にあせってしまうだろう。車の運転ができなくても、地図が読めなくても、<いざというとき頼りになるのはやっぱり母なんだ>と実感した。
近いうちにカーナビを取り付けて、もっと母を、車でいろいろなところに連れて行ってあげたい。そう思えるほど、運転にも自信が持てた2日間だった。
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