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若葉薫る風の中、海の見える坂道を土塀づたいに歩いて、友人の家をたずねたことがあります。もう20年も昔のことです。その日は、友人のお茶のおけいこ日とも知らず、誘われるままおけいこについて行きました。
85歳の先生のすてきな着物姿に、その前の年に亡くなった祖母の面影を感じながら、私はほっとする優しさにつつまれていました。
四畳半の茶室に通された時、私は思わず「夢のよう……」と言ってしまいました。
床の竹かごに入れられた薄紅色のぼたんの大輪が、薄暗い茶室の中で、まるでこの世のものとは思われないほど、夢のように美しく咲いていたのです。
先生は優しく、軸物に目を向けてごらんなさいという仕草をされました。
私は、ハッとしました。扇面に「夢」の一字が書かれた軸物でした。
本来、茶席では、軸物を先に拝見するのが順序なのですが、当時は作法も分からなかったのです。
「夢は希望に通じると申しますでしょう。わたくしは毎日、夢をもって生きているんですのよ」と、話す先生のお顔は、ぼたんの花より輝いて見えました。それと同時に、私は自分が恥かしいと思いました。80歳を過ぎたこの先生は、こんなに輝きながら、夢をもって毎日過ごしているのに、私はどうだろう。日々新しい夢を見る元気も勇気もなく、惰性で何となく子育てや家事に追われながら過ごしていたのです。これでいいのだろうかと、あせる思いはありましたが、その時から、私の心にもまるで美しい一輪の花が咲いたように、何かが変わってゆきました。
それから、先生に、その茶室で二度とお目にかかることはありませんでした。
茶席では、“夢”は追悼の意があります。
何年か後、先生の死を知った時、あの日、あの時は本当に、“夢”をもって生きることの大切さを教えてくれた先生との一期一会だったのだと、不思議な人の縁を感じました。
夢をもって、日々新たに生きている人は、いつも美しいとつくづく感じました。
夢は自分で日々紡いでゆくものだと……
今日も美しい“夢”という糸で、自分の人生を紡いでいきましょう。
美はしき 花に憧る人こそは
花にも似たる 心持つなれ 岡田茂吉(MOA美術館創立者)
和遊主宰・正冨るり子 |