美しく生きるエッセイ
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◆桜を思う
◆夢を紡ぐ
◆内に秘めた美しさ
◆星に願いを……
◆迎え火、送り火
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◆名残り月
◆残照
◆時を紡いで
◆お愛(め)でとう 新しい年よ!
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◆一期一会

茶道ちょっと知識

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美しく生きる〜和を楽しむ13章〜

桜を思う

ほのかな香りを運んでくる春の風の中にいると、体いっぱいに菜の花色や桜色が満ちあふれてしまいそうですね。特に日本中を埋めつくしてくれるうすくれないの桜の花は、淋しい人や哀しい人の心の中をも、優しさと希望で、いっぱいにしてくれそうです。

「花は何が好き?」と、聞かれたら、私は「桜」と、やはり答えてしまいます。
花の一時(ひととき)のはかない美しさも好きですが、何よりも、そのけなげで一途な生き方に、感動せずにはおられません。どんなに嵐が来ても花咲かせるまで、つぼみは枝にしっかりとつき、離れません。そして、時が来たら精一杯、花を咲かせます。桜の木は老木になると、木の中が段々空洞になります。それは花を咲かせるため、自分の身を食ってしまうからだといわれます。
桜は春が来る毎に、生命(いのち)を燃焼していきます。まさに一期一会、精一杯、咲きます。
本当に、花を咲かせるため、命をかけているんですね。そんなけなげな桜の生き方が好きです。いい加減で生きている人間とは違います。出し惜しみしたりはしません。“明日しよう”ではなく、“今、咲く”。そして、一瞬の春の風に惜し気もなく、悔いなく花びらを散らします。命を出し惜しみしていないからこそ、精一杯咲いたからこそ、ほほえみながら、散ってゆけるのではないでしょうか。だから、桜は美しいのです。
桜のような生き方をしたいなあーと、いつも思います。その時、その瞬間、精一杯、情熱をかけ花咲かせる一途さを学びたいと思います。

若い頃、春になると毎年、お茶の先生と私くしたち弟子とで、お寺の境台の桜の木の下に緋もうせんを敷いて、お茶を点て、訪れた方々に一服差し上げていました。
ある年、老夫婦にお茶をお出ししましたら、お薄の中に、はらはらと、ひとひら桜の花びらが舞い落ちました。「まあ、なんて美しい!」と言って、花びらごとおいしそうに飲んでしまわれました。「八十過ぎまで、生きてて良かった。桜の木の下で、こんなおいしいお茶をいただけるなんて」と、本当にうれしそうでした。その時から、私は自分のためだけでなく、ひとりでも多くの人のためにお茶を点てよう、そして、お茶の道を決して捨てまいと心に決め、今も細々と、自分なりのお茶の道を歩んでおります。桜の花が咲くたびに、私はその時の春の光の中に舞い散る桜の花びらを思い出します。
美しく生きるとは、今を、精一杯花咲かせることではないでしょうか。

春の日のひかりのなかに つきつきに
散り舞う桜 かかやきて散る          牧水

和遊主宰・正冨るり子

 

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