◆除雪ボランティア隊
「JENスノーバスターズ」
(前編)

◆除雪ボランティア隊
「JENスノーバスターズ」
後編)

◆アフリカへ毛布をおくる
運動(前編)

◆アフリカへ毛布をおくる
運動(後編)

◆農作業ボランティア
(前編)

◆農作業ボランティア
(後編)

◆森林の楽校(前編)
◆森林の楽校(後編)
◆BOOK MAGIC
◆絵本を届ける運動
◆山里の地域おこし
(前編)

◆山里の地域おこし
(後編)

◆フェアトレード(前編)
◆フェアトレード(後編)
◆楽器掃除ボランティア
(前編)
◆楽器掃除ボランティア
(後編)
◆ごみゼロ
ナビゲーション (前編)

◆ごみゼロ
ナビゲーション (後編)
◆新潟震災ボランティア
「おはなし隊」(前編)
◆新潟震災ボランティア
「おはなし隊」(後編)
◆上級救命講習(前編)
上級救命講習(後編)

何かできること探訪

更なるステップアップを目指すスタッフが、社会に目線を向け、
「何かできることはないか」を考え実践します。
生活のフィールドと発想の枠を広げるチャレンジです!

新潟震災ボランティア「おはなし隊」(前編)

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住職のお母さんと障子貼りを終えて大満足のボランティアたち

2007年7月16日に新潟県柏崎市とその周辺に大きな被害をもらたした中越沖地震。被災地域の中でも、特に支援の手が行き届いていない地域に赴き、高齢者宅を中心に支援を実施している特定非営利活動法人JEN(以下、JEN)の新潟震災ボランティアに参加しました。

JEN公式ブログ 新潟支援速報


●「おはなし隊」発進!

JENの新潟での活動は、2004年10月に発生した新潟中越地震での緊急支援以降ずっと継続されている。被災地域の緊急支援はもとより、除雪作業や農作業など、そのときどきのニーズに合わせ被災地の復興に尽力してきた。
今回JENが主催する新潟震災ボランティアは「おはなし隊」と名付けられ、柏崎市中心部から距離があり支援が届きづらく、3割以上を高齢者が占めているという柏崎市旧西山町別山地区を中心に行っている活動だ。8月3日に第1回が実施されて以降、毎週2回、火曜日と金曜日からの2泊3日の行程で継続的に実施されており、今回で15回目となる。

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浴槽のタイル剥がしに挑む常駐スタッフの三上さん

まさに地域に密着した活動だ。この「おはなし隊」の活動を実りあるものにするため、JENから派遣され現地に常駐しているスタッフが、支援先のお宅をこまめに回り住民の声を吸い上げながら、参加したボランティアが効率よく支援を行えるよう、休みなく日々奔走していた。
今回参加したボランティアは10人。東京、横浜、名古屋、そして岐阜からの参加もあった。これまでにJEN主催の農作業や除雪ボランティアに参加した人、他のNGOに携わる人たち、職場の“能力開発休暇”なるものを利用して各地のボランティア活動に参加している人など、年齢はさまざまだが“その道のベテラン”ぞろいだ。そしてJEN事務局長の木山女史も参加者として加わっていた。

 

●“心のケア”とは何だろう

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仮設住宅を訪問するスタッフ。こまめに様子を伺うことでニーズが見えてくる

「おはなし隊」は、被災された高齢者の方々の声に耳を傾け、心の重荷になっているものを少しでも取り除くことができれば、という願いから始まっている。
一人暮らしや、夫婦だけの生活をおくる高齢者が少なくない別山地区だが、土とともに生き抜いてきた強く逞しい人々はじっと辛抱し、苦境と闘っていた。
そんな自力で立ち直ろうとしている地元の人たちだから、なかなかJENの活動は受け入れてもらえなかった。「自分のことは自分でするので結構です」「何ができるの?」「県外の人に手伝ってもらう必要はない」と言った反応が返ってくる。「こんなの、戦争に比べればなんてことないよ」と避難所のおばあさんの笑顔に、逆に励まされてしまったこともある。

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一人暮らしのおばあさんに写真を届けるボランティア。とても喜んでくれた

「おはなし隊」の役割とは何だろう。どうすれば“心のケア”ができるのか。模索しながらも、回を重ね、幾度となく訪ねていくうちに、少しずつ“必要なこと”が見えてきた。

あるお宅に障子貼りに伺ったときだ。お宅の人や近所の人と一緒の賑やかな作業となった。障子がきれいになったことだけでなく、楽しい賑やかな時間を過ごせたことを凄く喜んでいた。JENのスタッフは気づいた。震災で忘れられていたのは、笑顔や元気や冗談のいえる賑やかな時間ではないかと。それ以来、活動方針に確信を得ることができたという。

 

●楽しく賑やかに

車で移動中、家々の壁の『危険』と書かれた赤い紙を見かけた。「この建築物に入ることは危険です」と書かれ、震災によって家屋が危険な状態になっていることを知らせている。

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障子貼りは如何に上手に剥がすかがコツだとか。お寺の境内での障子貼り

400年近く続いているというお寺のお宅にも赤い紙が貼られていた。立派な本堂の大きな太い柱が斜めになり、地面から浮き上がっていた。それでもお参りにきて手を合わせる人たちがいる。地域の心の支えになっているお寺でさえ、震災の被害から免れることはなかった。単に家屋の損壊というだけでない、痛手の大きさを感じた。
私たちはそのお寺で、始めての障子貼りに挑戦することになった。子供の頃に母親から教わったというボランティアの見事な手さばきを手本に、障子剥がし、糊付け、障子貼りまでの一連の作業に挑んだ。お手伝いというより、初めての障子貼りが楽しくて、皆、大はしゃぎだ。

ボランティアたちは自分たちの作業の頼りなさに不安を感じるが、「とにかく楽しく賑やかに作業してください」のアドバイスを受けて、心置きなく本領を発揮していた。
「一人で貼るのはとてもできないけど、大勢でこんなに楽しくやっていただいて、ありがたいねぇ」と、楽しそうに作業を見守ってくださった住職のお母さん。内心ハラハラだったのではないかと思うが、出来上がった真っ白い障子を並べ、みんなで笑顔の記念撮影となった。

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支援先のご好意で昼食をご馳走になる。豚汁の味は格別だった

翌日、出来上がった写真を届けに伺うと、私たちの貼った障子のお陰で、ひさしぶりにぐっすり眠れましたと、障子の入ったお部屋を見せてくださった。
「ほんとにありがたいです」と何度も何度もお礼を言ってくださって、私たちボランティアの胸が熱くなる思いだった。
その家のお孫さんは3歳。2004年の新潟中越地震と同じ日に生まれたという。分娩台の上でまさに陣痛に襲われている最中に地震が発生したのだそうだ。お嫁さんは恐ろしさで陣痛の痛みを感じなかったという。
今回の地震も体験し、しばらくの間「西山には行かない」と拒んでいたというお孫さんだが、元気に手をふって見送ってくれた。

(スタッフ・まー)

 

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