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今回は、特定非営利活動法人ジェン(JEN)の新潟中越地震震災復興・地域振興ボランティアの一環である「JENスノーバスターズ2006」に参加させていただきました。
これは、地震で生じた歪みによって地盤や建物がもろくなっており、また過疎化の進む被災地を、積雪による家屋の倒壊から守るためのプロジェクトです。
2年目となる今年も、全国から志願者を募り、新潟県十日町市にある仮設住宅を拠点に、地域住民の皆さんの監督のもと、除雪作業を行ないました。
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●ほんとうに行けるのか……
新企画第一弾の担当に任命された。他のスタッフは、細身の私を眺めては「無理でしょ?」と言う。WEBサイト製作を担当し、業務時間のほとんどをパソコンの前で過ごす私。豪雪地帯を訪れた経験のない、根性だけの自分が、果たして「役に立つ」ことができるのだろうか。
参加にあたり、夫が夜勤のため、実家に4歳の息子を預けることになった。「ママだけお泊りズルイなぁ…」と言う息子に、「帰ったら、ママと一緒に保育園で遊ぼうね!」と約束する私。実家の両親は、「うちで面倒みるから、行って来なさい」と快く承諾してくれた。「少しでも被災地の方々のお役に立てれば…」という思いで準備していた私だが、その思いとは裏腹に、夜、何度も雪かきの夢を見た。
前夜、実家の祖父が「本当にお前にできるのか?」と心配そうに言ってきた。でも強気に「地元の人に教えてもらいながらやるから、大丈夫だよ!」と平気なフリをした。小樽に単身赴任した経験があり、雪の恐さを身にしみていた祖父は、雪を甘く見てはいけないと思っていたようだった。でも、「人さまのお役に立てるのだから、精一杯やってきなさい」と励ましの言葉をくれた。なんだか勇気をもらった気がした。
●豪雪地帯の十日町へ
いよいよ新潟へ向かう。越後湯沢駅からさらにほくほく車に揺られ十日町駅へ。JENのスタッフや現地の方々と合流し、十日町中条仮設住宅へと車で向かう。外はあたり一面、雪の壁だ!
仮設住宅では男子高校生のグループが待ち受けていた。陸上部顧問を務める体育の先生が、クラスの生徒と陸上部員と共に参加したという。少し送れてきた大学生がやってくると、ボランティア参加者11名が全員揃った。
翌日は早朝から一日中除雪作業だ。そのための、朝食用の炊き込みご飯、昼食用に持参するサンドイッチとゆで卵、さらに夕食用のカレーを作った。なるほど、前日入りというのはこういうことだったのか。自分たちのことは自分たちで責任を持つのが、ボランティアの鉄則であることを体感できた。
消灯の時間になり、毛布を敷いた寝袋の中にもぐりこむ。夜中、あまりの寒さに目が覚め、ジャンパーを着てまた寝る。それでも寒くて何度も目が覚めた。
<震災当時、地元の方は、何日もこんな寒い夜を過ごしたのか・・・>
想像を超える雪国の寒さが身にしみたと同時に、体験しなくてはわからないことがたくさんあることを、身をもって感じた夜だった。
さて、いよいよ除雪作業が始まる!
●雪との格闘
2日目の朝はまぶしいくらいの晴天。おいしそうに炊き上がった炊き込みご飯をいただき、素晴らしい雪山の景色に感動しながら、仮設住宅を出発。
小貫地区は市内でも震源地に近いところで、地盤が崩れやすく、家が修復できても戻って生活できない地域が多い。仮設住宅に住まいを移している人たちは、たとえ戻れなくても、家が雪に押しつぶされないように除雪を怠ることはできない。今年は特に積雪量が多いことから、さらに必要性が高まっていた。
その日は、地域の神社と住宅2軒の除雪を担当する。到着した神社の、あまりの雪の多さに呆然。鳥居とお社が完全に雪に埋もれていた。
まずは“かんじき”を履く。これを履くことで、積もった雪の上も足が埋もれないで歩ける。昔の人の知恵は素晴らしいなぁと感心してしまう。
屋根の雪下ろしは経験が必要なので、地元の方が屋根にのぼり雪を下ろす。私たちは、屋根から落ちた雪と周辺の雪を合わせて掻き出す作業だ。「スノーダンプ」という雪かき用スコップを使うのだが、雪の重さにビックリ! なかなか思うように雪を掻き出せなかった。
休み休み作業するように言われるが、少しずつコツをつかんでくると、みな競うように夢中で作業に没頭していた。心の中で<次はもっとたくさん積んでやる〜!>と気合がみなぎる。
黙々と作業続け、ようやくお社の屋根の雪がなくなり、鳥居も見えてきたところで作業終了。時間を惜しむように、そのまま徒歩で次の民家に向かう。
(スタッフ・マサ)
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