◆きっかけ ◆出発 ◆初めてのお産 ◆言葉の壁とマッサージ効果 ◆ヨルダン名所めぐり ◆平和への願い
◆生き方ファイル スペシャル
国際ボランティアを夢見て助産師になった上重江里さん。 国や民族の違いを超えた、たくさんの新しいいのちとの出会いを綴ります。
精神的にも私のお昼ご飯も面倒見てくれた、ブラジル人の 師長マーヤさん。包容力いっぱいの人でした。
ヨルダンに入って1週間はホームシックにかかることもありましたが、新生活の準備や、勤務する病院の情報収集などで動きはじめると、もの思いにふける時間もなくなり、あっという間に1カ月が過ぎました。 ちょうどその頃、私の職場が決まりました。その病院は月に150件のお産が行われるという、55床の中規模病院です。ブラジル人の師長さんは日本の助産師に対してとても理解があり、「日本はとてもよいお産の技術を持っているのよね」と信頼してくれました。スタッフのみんなも私を快く受け入れてくれました。
初めて取り上げた2560gの女の子。 それだけに愛着が湧きます。
働き始めて2日目、2人のお産が同時進行で行われました。医師が「間に合わない」という理由で、赤ちゃんの頭が出かかっている妊婦さんを突然任されました。その病院でのお産をまだ見たことがなく、どのような方法で進めていけばよいかも分かりません。スタッフのみんなも慌てていました。私もスタッフに通訳してもらい「いきまないで!」と言うのが精一杯。手袋をはめて3分もせずに生まれてしまいました。産後、そのお母さんは、私に「シュクラン」(ありがとう)と言ってくれました。アラビア語を話せない私に不平不満も言いません。私は無事に生まれてくれたことに感謝するだけでした。今もふとした時に思い出し、元気に育っていてほしいと願っています。
イタリア病院(勤務先病院)の分娩台。 月に150から200もの命が誕生する現場。
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