◆きっかけ
◆出発
◆初めてのお産
◆言葉の壁とマッサージ効果
◆ヨルダン名所めぐり
◆平和への願い

上重江里
山口県出身。平成6年に芳ジュ女学院情報国際専門学校に入学。平成12年に佼成病院に入職し、現在、助産師として産婦人科に勤務。

◆生き方ファイル
スペシャル

カモン ベイビー 助産師うえしげこの泣き笑い奮闘記inヨルダン

国際ボランティアを夢見て助産師になった上重江里さん。
国や民族の違いを超えた、たくさんの新しいいのちとの出会いを綴ります。

きっかけ

赴任が決まってから出発まで、所属の佼成病院で、産婦人科だけでなく医療一般の研修を受けさせてもらいました。現地の受け入れ団体はヨルダンのNGO。もちろん、日本人はいません。自分の職場も、現地に行ってから開拓していくという1からのスタートでした。それは私にとって、学びの絶好のチャンスではありますが、先が見えないだけに余計な不安や妄想がちらつきました。

photo01

アンマン市内に続く道。アンマンでは、猫やヤギは見かけたが、犬は全然見かけなかった。唯一見たのは、この道を通った時、放し飼いされたヤギを追っかける犬一匹のみだった。


photo02

住んでいたアパート。鉄筋コンクリートのこのアパート、ドアももちろん鉄。たてつけがいまいち悪いらしく、ドアがなかなか開かない。慣れない間は、外に出るために、15分もかかった。

日本を出発する朝、見送りに来てくれた親友たちに安心と勇気をもらい、覚悟が決まりました。(どんなことがあっても受けていこう)。真夜中のヨルダン空港に到着した時、事前に渡されたNGO担当者の名刺を握りしめていました。「よく来たね。長旅だったでしょ?」担当者本人と出会うことができ、その笑顔に緊張が解けました。空港から車で30分ほど走ると、ヨルダンの首都アンマン市内に入りました。寝静まった街に緑色のネオンの光るモスクが点在し、アラビアらしさをかもし出しています。気温は日本の冬と変わりません。私が一カ月お世話になるフォコラーレメンバー宅の部屋に案内され、担当者から教えてもらったアラビア語をメモし、スキーウエアを着込んでベッドに入りました。

朝5時頃、ウトウトしかけた私の耳にいきなり大音響の声が聞こえてきました。私は思わず身を縮めました。「コーラン」。イスラームのお祈りが、市内のすべてのモスクから一斉に流れていたのです。初めて聞いたコーランは私にこう告げているようでした。「これから3カ月、アラビアの生活が始まるよ」。

 

Page up

 

Copyright (c) 2001-2007 Rissho Kosei-kai. All rights reserved.