◆きっかけ
◆出発
◆初めてのお産
◆言葉の壁とマッサージ効果
◆ヨルダン名所めぐり
◆平和への願い

上重江里
山口県出身。平成6年に芳ジュ女学院情報国際専門学校に入学。平成12年に佼成病院に入職し、現在、助産師として産婦人科に勤務。

◆生き方ファイル
スペシャル

カモン ベイビー 助産師うえしげこの泣き笑い奮闘記inヨルダン

国際ボランティアを夢見て助産師になった上重江里さん。
国や民族の違いを超えた、たくさんの新しいいのちとの出会いを綴ります。

きっかけ

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イタリア病院のあるダウンタウンの交差点です。言葉にできない朝焼けと、この風景を見ながら病院へと通いました。

「派遣先はヨルダンになりました」。立正佼成会の本部から連絡を受けたのは、昨年9月でした。助産師として「中東の生活困窮者に対する医療提供」というのが派遣理由です。友達や家族に話すと、「ヨルダン!?……どこそれ?」と言われました。

私自身、ヨルダンという国についてほとんど情報を持っていません。しかし〈どこの国でもありがたく行かせて頂こう〉と思いました。立正佼成会一食平和基金がすすめるこのプロジェクトの趣旨に魅力を感じていたからです。それは追って話していくことにします。

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アンマン到着後、1ヶ月住んだ町です。「えい!」っと飛びこんだ私を受け入れて生かしてくれた人々、お店、懐かしい緊張感と一緒に思い出します。

私が海外ボランティアを夢見るようになったのは、高校2年の夏。「高校の翼」で訪れたフィリピンで1人のおじいさんに出会ったことがきっかけです。道端にうなだれていたおじいさんにバスの運転手が食べ物を渡しに行きました。それを受け取ったおじいさんは、バスの中にいる私たちに手を振り、大粒の涙をこぼしたのです。バスガイドがそっと説明してくれました。「あのおじいさんにとって、あの食事は一生に一度食べられるかどうかのものです」。私も一緒に泣いていました。ショックでした。

おじいさんの名前も年も知らない。だけど、12年経った今もあのしわだらけのほおをつたう涙を忘れることができません。たまたま出会ったおじいさんによって、私の中の「ボランティアに携わりたい」という思いが芽を出しました……。その時はまだ、看護師、助産師になることも私の頭にはなかったけれど、たまたまの出会いが重なり、今回のヨルダン行きにつながっていったのです。本当は、人生にたまたまなんてないのかもしれないですね。

 

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