◆いざ、インドへ!
◆路上の人々
◆孤児の家“シシュ・バワン”
◆死を待つ人の家“ニールマル・ヒルダイ”
◆ホームステイ
◆心清らかに〜祈りを通して〜

藤井たか子
岐阜県出身。平成12年、佼成病院に入職し、現在ICU(集中治療室)に勤務。

◆生き方ファイル
スペシャル

人のために役立ちたい 〜インド87日 いのちと出会う旅〜

ボランティアに生きがいを見い出し、国際協力活動にまい進する藤井たか子さん。
いのちの灯を見つめ続けるその瞳は、何を思うのでしょうか。

死を待つ人の家“ニールマル・ヒルダイ”

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「死を待つ人の家」にて。
ブラザーと患者の足の傷の手当てをしている。

3カ月のインド滞在中、約2カ月間は「死を待つ人の家“ニールマル・ヒルダイ”」に通いました。ここは、女神を祀るカーリー寺院の隣にあり、その地名をとって「カーリーガート」と呼ばれています。
カーリーガートは、家族や社会、病院から見放され、路上で倒れている人を収容する施設。中は男性サイド、女性サイドに分かれており、100人以上が入所しています。内部には、ブルーやグリーンのシーツのかかったベッドが並べられています。しきりはなく、個人のプライバシーなど全くありません。入浴は、タイル張りの台の上まで患者を抱えてつれて行き、水溜めから水をすくい患者の体にかけます。食事はカレーライスにデザートが1つ。質素ですが、量は十分です。

ここでの私の仕事は、主に注射や床ずれ、傷の処置、リハビリや食事の介助でした。ほかにも、シスター、ブラザーへの医療処置の指導や洗濯もしました。
すべてが私の体験の中では“あり得ない”ことの連続でした。動物に噛まれ、頬のない女性、足の指が腐ってなくなり、かろうじて指の骨だけが残っている女性など。ある男性は頭部に広範囲の傷を負い、頭蓋骨が見えていました。そして、新しく運ばれてきた患者の傷口からは、うじ虫がわいていました。思わず悲鳴をあげそうになったこともあります。

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「シシュ・バワン」の子どもたちと

傷から湧き出るうじ虫をピンセットで1匹づつ取ったり、腐りきって悪臭を放っている患者の皮膚をカットしたこともあります。現実から逃げ出したくなりました。
もし私が患者の立場だったら身体の一部を失った悲しみや絶望感にさいなまれていることでしょう。しかし患者たちは、皆、穏やかな表情を浮かべています。カーリーガートでの生活を通し、誰かから手を差し伸べられた安心や喜びで笑顔でいられるのかもしれません。この体験を通し、根強く残るカースト制度を実感しました。私は彼らの笑顔から、カーストにも属さないアウトカースト(カーストの最下層に位置付けられる不可触民)のインド人の強さを見たように思います。

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スジャータ村。
ブッダがミルクがゆを召し上がった菩提樹の木の下で。

 

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