◆いざ、インドへ! ◆路上の人々 ◆孤児の家“シシュ・バワン” ◆死を待つ人の家“ニールマル・ヒルダイ” ◆ホームステイ ◆心清らかに〜祈りを通して〜
◆生き方ファイル スペシャル
ボランティアに生きがいを見い出し、国際協力活動にまい進する藤井たか子さん。 いのちの灯を見つめ続けるその瞳は、何を思うのでしょうか。
「死を待つ人の家」にて。注射の準備中。
マザー・テレサが設立した施設の一つに“シシュ・バワン”という孤児院があります。ここには、ストリート・チルドレンをはじめ家庭の経済的な事情などを理由に、施設に連れて来られた子供たちが生活しています。
子供たちはボロボロの服を着ています。靴下には穴が開き、指が出ているし、サイズの合わないズボンをはいているため、遊んでいる途中でズボンが脱げてしまう子供もいます。鼻水をたらしながら走り寄ってくる姿をとても愛しく感じました。 物が不足しているので、何人もの鼻水を1枚のティッシュでふきます。お風呂などはありません。たるに溜めた水をすくって頭から注ぎ、1枚のバスタオルでたくさんの子供の体をふきます。食事はいつもカレー味のおかゆのようなものだけ。そんな中、子供たちは元気いっぱいで目を輝かせ、のびのびと生きていました。
入滅の地・クシナーガルに横たわる涅槃像
私はここで、子供たちの遊び相手になりシャワーや食事の介助を担当しました。そのほかにも服の洗濯など、いろいろなことを体験しました。私は主に2〜3歳児のクラスを受けもっていたのですが、子供たちはボランティアとの触れ合いに慣れているので、みんな非常に人懐っこく、次から次へと抱きついてきました。時々抱えきれなくてひっくり返るほどです。みんな甘えたくて仕方がないのです。
ある時、私はボランティア仲間の女性に「ここの子供たちは幸せね。三度の食事が食べられて、服も着せてもらって、ベッドで眠ることができる。すべてが質素だけど、ここの子供たちは幸せ」と言ったことがあります。すると、彼女はこう答えました。「でも、ここの子供たちには両親がいないのよ。両親がいたとしても一緒に暮らせないの」。その言葉は私の心に深く突き刺さりました。 ここの子供たちは里子に出されることが多いと聞きました。里親の大半はヨーロッパ人だそうです。その中には「私の家にはまだ経済的な余裕がある」と言って、目の見えない子や両足のない子供を指名して引き取っていく人もいるそうです。なかなかできることではありませんよね。
一斉にトイレに座る子どもたち。 孤児の家「シシュ・バワン」での一コマ
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