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母にはもっと心配な事があった。それは、母の年老いた両親のことだ。母は両親に色々迷惑かけたからと、親の為によく動いていた。母の頭の中には、両親のことしかなかったかもしれない。それが、私には羨ましかった。
私は、祖父母にやきもちをやいていた。私にとって母は、全てだった。母が大好きだった。母がいない日は淋しく悲しかった。私が母を大好きなように、母が祖母を大好きなのは、当然の事だとも思っていた。しかし、母と私の距離と母と祖母の距離は、明らかに違うとしか思えなかった。

つい、1ヶ月ほど前、祖母が亡くなった。母は悲しさを見せなかったが、心ではどんなに泣いていたことだろう。そんな時、母が頼ってくれたのは私だった。私は母にとって一体どんな存在なんだろうと、いつも思っていた。まだまだ子供で、母を支える事なんて出来ない。何をしたらいいのか、いつも考えていた。
祖母が亡くなり、私と母の距離は近づいた。もしかしたら、昔から距離なんてものはなかったのかもしれない。母と私、母と祖母、そのように形が違っただけなのかもと、ふと最近感じる。

今の母と私の関係は最高ではないかと、私は思っている。お互い親離れ子離れが出来ていて、それでいて、心は結ばれている。東京と関西で離れているし、経済的な面からなかなか私が帰る事はないが、母はあまり心配をしていない。私なら大丈夫だと信じていてくれている。その分私は母が心配だが、母の周りの人達も母と一緒で「まず人様」の方々だから、大丈夫だろう。
でも、母は私を40歳という高齢で産んでくれたので、次の春で60歳、還暦になる。私は遂に20歳を迎える。ここまで、育ててくれて本当に感謝している。母の子供として生まれる事ができて、ありがたかった。これからも、二人で多くの人に出会い、支えあい、生きていけたらいいなと思う。
「お母さん、生んでくれて有り難う」
恥ずかしくて、自分の誕生日にしか言えないけど、それ以外の日にも言えるような自分になりたい。今度、実家に帰ったら、おばあちゃんに会いに母と行こう。「母を生んでくれて有り難う」って、言わなくちゃ。 |