女の生き方ファイル

宗教を持って生きるとは

綾子 22歳

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22歳、大学4年の私は、生まれたときから佼成会に入会していました。
信仰している両親に育てられ、中学・高校と何の疑問もなく過ごしてきました。
真剣に活動していたわけではありませんが、特段抵抗もなく教会に通い、友達にも特に隠すこともなく生きてきました。
そんな私が、この頃ある一人の友人を通して、宗教について考える機会を頂きました。
私は今、佼成会の寮に入って生活させて頂きながら、大学に通っています。

この頃宗教がらみの事件が多い中、大学の友達やバイトの仲間に「何の寮なの?」と聞かれ、「普通の学生寮」としか答えられない自分に疑問を持っているときでした。
高校のときから4年間付き合っていた人と、宗教のことが原因で別れた体験のある彼女は、宗教について少し偏見がありました。
「昔の彼とあのまま結婚したら、きっとその間に生まれた子は、生まれたときから何の疑問も持たずに宗教に入っていくんだろう。そうしたら、外の世界から自分を見ることなんて出来なくなると思わない? そんなのかわいそうだと思わない?」
そう話す彼女に私は、自分も信仰を持っているということは話せませんでした。

「どうして話せないんだろう」と考えたときに私は、今まで信仰を持っていると思っていた自分は、自ら積極的に宗教について考え、行動してきたのではなく、彼女が言うように、ただ自分の身の周りに存在する世界について何も考えずに、漠然と生きてきたにすぎない。自分が信じている(と思っていた)ことについて何も知らず、それ故、自分の置かれている立場について、彼女に何の説明も出来ないのだ――ということに気付きました。

彼女の昔の彼が信仰していた宗教と佼成会は違うし、彼女自身が疑問を抱いていた部分が佼成会にあるようには見えません。
しかし、だから私が正しいのとは違う。
それでは結局、今までと変わらないのです。
家族に相談したら、それなりの答えが返ってくると思います。
しかし、だからそれでいいのとも違う気がします。
ただ、闇雲に何かにすがって、それを信じるのではなく、尊敬できる両親が私に伝えてきてくれたことをちゃんと理解したい。
そう考えている今日この頃です。

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