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そして妊娠。ある日、突然、浮腫ができ、アレヤコレヤと言う間も無く入院。
腎臓が弱わっていた。それも、体質や環境が原因なのではなく、16歳から飲んでいた薬のせいで、臓器を傷めた可能性が大きかった。何とか、何とか産みたいと思った。
ICUに入って処置を受けていたが、輸血もできないまま貧血を起こし、緊急手術になった。生まれたあの子は1キロ。泣き声をあげるはずが、泣くこともできないあの子。何て悲しいことか。杏の葉の散る中、3週間も頑張ったのに、あの子は亡くなった。
生き残ることの辛さは言葉では表せない。
だけどアタシは、周囲から同情されたくないから、“可哀想だから”…そう思われないように、泣くのは一人のときでいい…、そう思ってがんばった。
でもそれは、強がっていただけかもしれない。
それでも、アタシの心の中には、いつも仏さまが、あの子がいてくれた。

その後、勇気を出して、ふたたび子どもを授かりたいと哀願した。そして妊娠。
初期からの入院治療によって、なんとか1800グラムの、わが子を授かった。
今、毎日を大騒ぎして、楽しく生きさせてもらってる。
体の弱い私とこの子で、亡くなったあの子の分もがんばって生きよう。
私が泣いていては、あの子が天国に逝けない。そうなったらもっと悲しいから。。。
「アタシ、何とかガンバッタンダヨ!」と、もう1人の自分に話しかける。
今が幸せだから、、、。 |