女の生き方ファイル

さっ がんばろっ!

高柳 妙眞(みょうしん) 25歳

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“どんな女性になりたいか?”と聞かれたら、私は迷わず「元気をあげられる人」と答えます。女性特有のこまやかさに加え、大胆かつ行動的で、いつも「あの人に会うと元気になれる」、そんな存在って素敵だと思いませんか?

私は寺に生まれ育ちましたが、大学卒業後は寺に入らず、旅行会社やイベント会社に勤務していました。しかし住職であった父の突然の他界で、大きな岐路に立たされたのです。残されたのは、還暦を迎える母と何も分からない私の二人きり。女だけでこの寺をどう守ってゆくか途方に暮れ、道が見えず泣き続けました。今まで培ってきたものが無になったような激しい落胆に襲われ、周囲の方々の励ましの声すら無責任に思えたときもありました。しかし、夜明けの来ない夜はないと自分を信じ、出家を決意したのです。

実際、僧侶になるための修行は安易なものではありませんでした。当然剃刀(かみそり)をあてて剃髪(ていはつ)することにも抵抗がありました。栗色だった肩までの髪を剃り落としてしまったときは、女としての人生が終わってしまったようで、どれだけの衝撃だったかは、女性の方ならお分かりになるでしょう。

しかし、どんなに思い悩んでも緊張しても、いざ舞台に立つと人間どうにかやり遂げてしまうものですし、そこから思いがけず収穫があったりもするのです。行動を起こさなくてはよくも悪くも先に進めませんよね。私は、「体当たり精神」で、行動を起こさずにはいられないようです。「行き当たりばったり」と言うとよいイメージがありませんが、「どうにかなる」ではなく、「どうにかする」強さと臨機応変さが時には必要ではないでしょうか?

今では不勉強ながら法要を勤めさせていただき、寺務を行うかたわら、少しでも知識を補おうと大学へ通っています。今まで学んできた語学を生かし、ご縁のある方々のおかげでWCRP(世界宗教者平和会議)のお仲間にも入れていただき、宗派を問わず手を取り合おうとする素晴らしい趣旨のもと、活動に参加させていただいております。
人生に遠回りはありません。必ずご縁があり、無駄に思えていた日々の活動も生きてくるのです。尼僧として、女性として、「念ずれば花開く」−−私はそう信じて体当たりを続けております。

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