女の生き方ファイル

じいちゃん

百ちゃんい・の・ち♪ 19歳

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去年の12月14日。私は祖父を亡くしました。
私が高2の時に脳梗塞で倒れたじいちゃんは、その後、入退院を繰り返し、大好きだったゲートボールも出来なくなり、歩くことも不自由な生活に変わってしまいました。

亡くなる2日前に、「危篤ではないが話しかけても返事がなく、相手の事を理解しているのかさえわからない」と連絡を受け、その翌日に急遽お見舞いに行きました。
じいちゃんの姿を見た時、私は、何も出来ない自分の無力さと、そう長くないと感じてしまった自分に、すごく腹が立ったのを覚えています。その見舞いの帰り際、目を開けて涙を流していたじいちゃん。それが、私が最後に見たじいちゃんでした。
田舎のお葬式というのはわからない事だらけで、私には台所を手伝う事ぐらいしかできませんでしたが、あまりの忙しさに悲しんでいる間もありませんでした。そのせいなのか、淋しいなと思っても悲しいなとは、今でも思えずにいます。

私の家でも、じいちゃんのご供養をさせて頂きました。そのことを通して、支部長さん、主任さん、地区の方とのふれあいがあり、今まで、教会には行きたくないと思っていた私が、自然と足が向くようになり、9月10日の脇祖さま報恩会の時には、普門館での「奉献の儀」のお役まで頂いたのです。
<何で私なんだ?>と疑問に思っていた時に、<はっ!!>と気づいた事があります。
教会に足が向くようになったのも、「奉献の儀」のお役を頂けたのも、じいちゃんの死がなかったら絶対になかったこと。<これはじいちゃんのお陰なんだ!>と。そのときの感動は今でも忘れられません。
「奉献の儀」で得られた今までにない感動と、じいちゃんヘの感謝で胸がいっぱいです。とても良い経験をさせて頂きました。離れた所で見守ってくださる仏さまと、大勢の私のご先祖さまに、これからも感謝をしながら、あらたに得ることができたこの宝物を、大切にしたいと思います。
じいちゃん・・・ありがとう!!!!!

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