女の生き方ファイル

病気を通して

キャシャリン 22歳

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中学2年のときのお正月。私は家族と祖父の家に行き、夕飯でお雑煮が出たので私は餅を4つも食べてしまいました。その後、急におなかが痛くなり、きっとさっき食べ過ぎた餅が原因だろうと必死にこらえていましたが、その痛みは消えるどころかますますひどくなっていきました。

次の日、母親に連れられて病院へ行くと、医者に「便秘でしょう」と言われ薬をもらいました。しかし、薬を飲み続けても痛みはいっこうに治まる気配がありません。せっかくの冬休みなので友達と遊園地に行く予定を立てていたのですが、それもキャンセルするはめになり、毎日布団から出られない日が続きました。

激痛で普通に寝ていられず、常におなかを抱え込むようにして横になっていました。そのあと別の病院にも行きましたが、診察の結果は同じでした。
そんな生活が一週間ほど続いたある晩、私にはほとんど記憶がないのですが突然、震えだし顔色も青くなってきて、両親は急いで公立の病院へ私を連れて行ったそうです。
診察をしても原因不明だったため、翌日開腹手術をしたところ、腹膜炎を起こしかけていたことがわかりました。盲腸だったらしいのですが、膿がちらばっていたのでわからなかったのだそうです。

その日から、私の入院生活が始まりました。しばらくはICUで治療を受け、トイレにもいけない状態でしたが、2〜3日すると一般病棟に移ることができました。私の毎日の楽しみは食事と夕方来てくれる母親に会うことでした。しばらくはスープなどの汁物しか口にすることができませんでしたが、日をおうごとにおいしい食事が食べられるようになったので、毎日3回の食事が待ち遠しくてたまりませんでした。
母親は毎夕、見舞いに来てくれました。毎日会っているのでそんなに会話はありませんでしたが、それでも私はそのわずかな時間を楽しみにしていたことを覚えています。

ある日、看護学生が来ました。私の病室には若い人がほとんどいなかったので、外の話題を聞いたり髪を洗ってもらったり、いつも私の話し相手をしてくれました。最終日には二人で泣きながらお別れをしました。

結局、楽しみにしていた学校行事のスキー教室にも行けず、退院するまでに1ヶ月もかかってしまいましたが、もう少し病院に行くのが遅かったらきっと手遅れになっていたと思うと、今生きていることが大変ありがたいことに思えます。
毎日健康に過ごしているとそのありがたみに気づかないことが多いのですが、私はこの経験を一生忘れないようにしたいと思っています。

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