◆全盲のケニア人指圧師
◆世界初! 女性
ニャティティ奏者
◆虐殺と病を乗り越えて
◆スラムの人々の命を看続けて
◆日本食材店を切り盛りするシングルマザー
◆紅茶農園の女主人
◆ストリートチルドレンと共に
◆HIV感染者でAIDS活動家
◆国際協力NGO職員
カズリビーズを作る
ママたち

戸倉由紀枝

会社員を経て、HIV・AIDSに関するボランティア団体で3年間ボランティア活動に参加。引き続き専従スタッフとして電話相談や感染者へのケア・サポートなどを行なう。その後、旧ユーゴスラビア、ルワンダ、カンボジア、東京で国際協力NGOに勤務。2006年10月より夫の勤務先であるケニア・ナイロビに在住。

 

生き方ファイルスペシャル
「自分にできること〜HIV・AIDSボランティアを通して」

元気充電旅日記 番外編
「夫婦水入らずのエジプト旅行」

輝く女性たち アフリカレポート

自分の生きがいを見つけた女性は、体全身からパワフルなオーラを発しています。
遠いアフリカで生きがいを見つけ、活躍している女性たちを紹介します。

point国際協力NGO職員 若野綾子さん (28歳)

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自分の就きたい仕事に就く。それは難しく実現できる人は数少ない。若野さんはその数少ない一人だ。両親に反対されても決して諦めず、努力して小さい頃から憧れていた国際協力の現場でNGO職員として働いている。


●子どもの頃からの夢

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ジュバ事務所で仕事中の若野さん。現地スタッフとは英語で会話

若野さんは、特定非営利活動法人ジェン(JEN)の南部スーダンにあるジュバ事務所で働く、経理・総務担当スタッフだ。JENは、『心のケアと自立の支援』をモットーに、国内外の災害地、紛争地で様々な支援活動を行っている。
難民キャンプで働いてみたい。それは、若野さんが小さい頃から、想い描いていた夢だった。中学生の時、国連やNGOの存在を知り、国際支援団体の職員になろうと心に決めた。

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JENの事業地テレカケ郡で現地の人たちと一緒に。テレカケ郡までは車で約4.5時間かかる

大学では国際政治を専攻し、四年生の時に交換留学制度でアメリカに留学した。アメリカだけでなく、アフリカなどさまざまな地域の学生との出会いがあり、充実した留学生活となる。他の学生が就職活動に合わせ帰国するのを尻目に、若野さんは留学期間を半年間延長し、サマースクールにも参加した。
卒業論文のテーマは『紛争地の平和構築』だった。調査する過程の中で、旧ユーゴスラビアで活動していたJENを知り、<いつかJENで働いてみたい>と思うようになった。

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自分の部屋でくつろぐ若野さん、マラリアの心配があるので蚊帳は必須

卒業後、JENのインターンで働くことを希望し、面接を受けたが、「ボランティアから始めてみては?」とインターンを断られ、就職も決らなかった。大学を卒業すれば親からの仕送りも途絶えてしまう。何か仕事をみつけなければと思い、以前バイトをしていた大学の留学生会館で寮母の仕事をみつけた。仕事をしながら休日を利用し、JENのボランティア活動に参加するようになった。夢に向けた小さな一歩を踏み出したのだ。

●JENに夢の実現を託して

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JENの事業地の村では、白く濁った水を飲み水としている

一年後に再度JENの面接を受け、広報インターンとして働くことになった。JENのインターンは1年間。寮母として働いていた時に貯めた貯金を切り崩す生活だった。
若野さんは期間終了に伴い、他の国際協力に関わる仕事を探したが、JENで働きたいという気持ちが強く、職員の募集はなかったが、バイトとして働き続けた。

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JENでは計5本の井戸を掘削する予定。井戸が完成すれば人々は透明で安全な水を飲むことができる

バイトを初めて2ヶ月後、若野さんにチャンスがやって来た。職員が退職したことで、カブール事務所の経理担当の募集があった。それまでの真面目な働きぶりが認められ、若野さんはJENの正職員として、アフガニスタンのカブール事務所で勤務することになった。

中学生の頃から憧れていた国際支援団体の職員となり、現場で働くことができる。若野さんは、喜びと希望で胸が一杯になった。それとは裏腹に、両親は心配の余りアフガニスタン行きを反対した。若野さんは、心配する両親と何度も話し合い、最終的には両親も、娘の仕事を理解してくれた。
災害地、紛争地での生活は厳しい。アフガニスタンは治安が悪く、自由に外出もできず、プライベートの時間を確保することも難しい。

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5校の学校でトイレを建設中。トイレができれば伝染病予防に繋がる

アフガニスタンでは女性の地位が低く、多くの女性たちは、「勉強したって意味がない」と考え、学校へ行くことに消極的だった。だが、JENの実施する識字クラスに参加することで、女性たちの教育に対する意識が変わり、女の子たちは積極的に学校へ行くようになった。教育を受けることで、少しずつだがアフガニスタンの女性の地位が向上していく。
小さな変化ではあるけれど、そうしたことに自分自身が関わることができる。それは若野さんにとって大きな喜びであり、厳しい場所で仕事を続けていける原動力だ。

●仕事と人生のプランを考えながら

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20年もの間内戦があったとは思えない、のどかな風景が広がる南部スーダン

アフガニスタンでの2年間の勤務を終えた若野さんは、現在、南部スーダンで働いている。
南部スーダンには下水道はなく衛生状況は悪い。コレラなどの伝染病により多くの命が失われている。20年にも及ぶ内戦を経て和平合意から3年も経たないことから、慢性的な物資不足だ。彼らの生活は苦しい。水はだし汁のように濁り、その水で食器を洗い、シャワーを浴び、洗濯をする。病気になっても施設の整った病院があるわけではない。

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アフガニスタンでは経理の仕事以外に、ゆめぽっけ事業も担当

JENは、五つの学校で井戸とトイレの建設を行っており、井戸が完成すれば、濁った水ではなく透明で安全な水を、生徒たちだけでなく住民たちにも提供できる。トイレが建設され衛生状況が改善されれば、伝染病など多くの病気を予防することができるのだ。
「できるなら10年ぐらい同じ地域で支援活動を続け、その変化を地元の人たちと一緒に見てみたい」
そんな想いがある一方で、一生海外での仕事を続けられるのか、悩むこともあるという。これまで憧れの仕事に就くことだけを考えていた若野さんだが、結婚や出産、仕事以外の自分の人生についても考えるようになった。
憧れていた仕事とは言え、ときには辛くなって、仕事を辞めて日本に帰りたいと思うこともある。

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9ヶ月の識字コースを終了し喜ぶアフガニスタンの女性たち

若野さんは、いつも笑顔で人をリラックスさせる柔和な女性だ。でもその一方で、芯が強く、一度決めたことは決して途中で投げ出したりしない。
10年後、若野さんは何をしているのだろう。若野さんがどんな環境で、どんな活躍をしているのか、とても楽しみだ。

 

特定非営利活動法人ジェン(JEN)の寄付先(WEBサイト)
http://www.jen-npo.org

ジェン(JEN)南部スーダン事業のブログ
http://jenhp.cocolog-nifty.com/jen_sudan/

 

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