◆全盲のケニア人指圧師
◆世界初! 女性
ニャティティ奏者
◆虐殺と病を乗り越えて
◆スラムの人々の命を看続けて
◆日本食材店を切り盛りするシングルマザー
◆紅茶農園の女主人
◆ストリートチルドレンと共に
◆HIV感染者でAIDS活動家
◆国際協力NGO職員
カズリビーズを作る
ママたち

戸倉由紀枝

会社員を経て、HIV・AIDSに関するボランティア団体で3年間ボランティア活動に参加。引き続き専従スタッフとして電話相談や感染者へのケア・サポートなどを行なう。その後、旧ユーゴスラビア、ルワンダ、カンボジア、東京で国際協力NGOに勤務。2006年10月より夫の勤務先であるケニア・ナイロビに在住。

 

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pointHIV感染者でAIDS活動家 アスンタ・ワグラさん(42歳)

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AIDSへの差別、偏見が根強いケニアにおいて、アスンタさんは自らHIV感染者であることを公表し、NGOの代表としてHIV感染者・患者のために日々支援活動にあたっている。


●差別と偏見

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9ヶ月になる男の子ジョシュアの話になるとアスンタさんは一瞬の内に笑顔になる

AIDS(後天性免疫不全症候群)は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染し免疫が低下することで、さまざまな病気を発症し、最悪の場合は死にいたる病気である。ここ数年良い薬が開発され、健康管理と薬をきちんと服用すれば、発症を抑えられるようになり、死病と言われたこの病は、今や慢性疾患になりつつある。しかし、これは先進国においての話であり、ケニアなど途上国の貧しい人たちにとっては、いまだ不治の病であり、またAIDSへの差別、偏見は根強い。
アスンタ・ワグナさんは、ケニアでHIV感染者であることを公表し、NGO、KENWA(Kenyan Network of Women with AIDS)の代表として、日々感染者・患者への支援活動を続けている。
アスンタさんがHIV感染を知ったのは、20年前の22歳の看護学生の時であった。学生に対し検査が義務付けられていたのだ。当時付き合っていた男性から感染したのだが、その男性はアスンタさんにとって初めての恋人だった。感染したことにより退学を強いられ、母からは、「たとえ死んでも一族の墓には埋葬しない」という、非情な拒絶の言葉を浴びせかけられた。

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母、KENWAの代表として忙しい日々を送るアスンタさん

アスンタさんは最終的に感染原因となった男性と別れたが、男の子を出産した。一時期、母のいる田舎で子どもと伴に暮していたが差別される状況は変わらず、弟妹がいるナイロビに戻り、アパートを借り仕事を探した。弟はアスンタさんの力になってくれたが、妹は協力するどころか反対に、アスンタさんの感染事実を近所の人に話してしまった。アスンタさんはアパートを追い出され、一晩、子どもと路上で過ごしたという。

●自分の力で

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ナイロビ市内のスラムにあるKENWAの支援センター。毎日朝食と昼食を感染者・患者とその子どもたちに提供している

「HIVに感染したことで差別されているが、私自身は何も変わっていない」
アスンタさんは差別に屈することなく、自分の力で人生を切り開こうと決意した。
1992年に、あるNGOが主催するAIDSのワークショップに参加し、翌年数人の感染者の女性たちと一緒に互助グループを結成した。1996年にKENWAを立ち上げ、1998年に正式に政府へのNGO登録をし、同時に自分が感染者であることを世間に公表した。
「EVEN WITH AIDS GIVE ME A CHANCE、たとえ感染していても、私にチャンスを下さい」
KENWAのポスターやパンフレットにはそう書かれている。

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支援センターで昼食を食べる子どもたち

ナイロビ市内に5ヶ所、地方に3ヵ所のKENWAの支援センターがあり、153名のスタッフが働いている。2007年現在、7000の感染者・患者、1700人のAIDS孤児を支援するまでになった。KENWAでは、無料の抗体検査、無料の初期診療、カウンセリング、感染者・患者そして子どもたちへの給食配布、シェルター、啓発活動、小規模貸付けなど、女性だけでなく男性も含め感染者・患者のためにさまざまな活動を行っている。
アスンタさんのさまざまな活動は確実に実を結び、その功績が認められ、これまでに国内外の8つの賞を受賞した。

●エネルギーの源

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KENWA本部にあるクリニック。患者は女性だけではなく男性も受け入れている

感染の告知から20年。アスンタさんは、AIDSを発症することなく、日々精力的に忙しく働いている。当時生まれた男の子は17歳になり、その後アスンタさんは2人のAIDS孤児の女の子を養女とし、そして理解し合える男性と出会い、その男性との間に儲けたジョシュアという9ヶ月の男の子がいる。アスンタさんはHIVに感染しているが、二人の男の子は感染していない。帝王切開、薬の服用、母乳をあげないなど、きちんと対応することで、母子感染はほぼ防ぐことができる。
アスンタさんは子どもの世話をするため毎朝5時半には起きる。忙しい日々をおくる中で、疲れが溜まり厳しい表情になる場面も多いアスンタさんだが、ジョシュアとふれあうことで一瞬の内に笑顔に変わる。アスンタさんにとって子どもと過ごす時間は、何よりもかけがえのないものであり、エネルギーの源なのだ。
理解し合えるパートナー、四人の子ども、社会的地位、意義ある仕事。経済的にも困ることも今はない。すべては、信念を貫いて行動し続けた結果、得られたものだ。
感染を告知された当時、アスンタさんを拒否した母親との関係も修復され、生活全般が充足しているかのように思える。だが、いまだ妹との関係はこじれたままであり、すべてが解決されたわけではない。

●支援は続く

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12月1日は世界AIDSデー、世界中でAIDS関連のイベントが行われた

毎年12月1日は世界AIDSデー。ケニアでは、AIDS関連のさまざまなイベントが行われ、テレビでは特集番組が放送され、感染予防、AIDSへの正しい理解を訴えている。アスンタさんが代表を務めるKENWAのスラムでの活動も番組で放映された。
AIDSへの差別と偏見があり、今なお女性の地位が低いケニアにおいて、アスンタさんが社会に与えた影響は計り知れない。アスンタさんは更に活動を充実させるために、大学の通信教育で「Community Development(地域開発)」を勉強し、地方にいる感染者、患者の支援活動に役立てたいという。
アスンタさんは今後もこれまでと同様に、HIV感染者、AIDS患者のために精力的に活動を続けて行くのだろう。

KENWA(Kenyan Network of Women with AIDS)のWEBサイト
http://www.kenwa.org/

 

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