日本食材店を切り盛りするシングルマザー
陣山礼子さん(60歳)
 |
陣山さんは42歳で見合い結婚し、夫の暮らすケニアに渡った女性。シングルマザーとなった今も、ナイロビ市内で日本食材店「陣屋」を営みながら、大好きなケニアの地で暮らし続けている。 |
●人生のリセット
ケニアの首都ナイロビでは、意外なほど日本食材が手に入る。「陣屋」という日本食材店は醤油、海苔などの食料加工品だけでなく、ドラ焼き、大福、納豆、味噌、たくわん、冷凍のお惣菜など、約60種類の手作りの日本食材を販売している。またイナリ寿司、お弁当、オードブルなどの注文にも応じる。この「陣屋」を経営しているのは、今年、還暦を迎えた陣山礼子さんというシングルマザーだ。
今から18年前、42歳の時に、陣山さんは結婚のためにケニアにやって来た。それは陣山さんにとって初めての海外だった。
陣山さんは、短大卒業後、地元でいくつかの会社で働き、20代後半からケニアに来るまでの14年間は菓子の卸問屋に勤め、事務だけでなく営業、配達と何でもこなし、責任ある仕事を任されるようになっていた。毎日、夜遅くまで仕事に精を出していた陣山さん。当時は結婚、出産には全く興味を持てなかったという。
しかし40歳を過ぎた頃、仕事が好きではあったが、体力的にも精神的にも疲れてしまい、人生をリセットしたいと思うようになった。そんな時に、親戚から見合いの話を持ちかけられた。相手はケニアで働く日本人、結婚生活はケニアという条件に陣山さんは興味を持ち、その男性に会った。その後、とんとん拍子に話が進み、見合い話から2ヵ月後には日本で籍を入れ、ケニアに渡っていた。
●ケニアで暮らし続けたい
ナイロビでは、主婦業の他にご主人の仕事も手伝っていたが、まもなく妊娠。女の子を出産した。自分のような自由奔放な子どもができたら、親として耐えられないと、子どもを持つことを恐れていた陣山さんだが、我が子を胸に抱いた瞬間、そんな想いは吹き飛んでしまった。子どもを産んでからが本当の人生だと思うほど、我が子の誕生は陣山さんに強い感動を与えた。
だが、親子3人の生活は長くは続かなかった。夫婦の考えの違いが顕著になり、結婚12年目の2001年に、陣山さんは娘を連れて家を出た。
ナイロビ市内にアパートを借りて暮らし始めたが、娘と2人で生活していくためには、働かなければならない。元手がかからずすぐにできること、それは日本食材を作って販売することだった。決して料理が得意ではなかったが、試作を重ね、日本人の友人に試食をお願いしながら、日本の味を再現しようと懸命に準備を進めた。
苦労の甲斐あってか、翌年には、ケニア政府から労働許可を取得し、店舗も構え、2002年に、日本食材店「陣屋」を始めることができた。特に宣伝はしなかったが、口コミで現地の日本人の間で評判となり、今やナイロビの日本人関係のイベントでは、陣屋の巻き寿司やから揚げなどのオードブルは欠かせない存在となっている。そして日本人だけでなく、韓国人、インド人、アメリカ人にも日本の味として親しまれるようになった。
これまで、苦しい時は何度もあった。日本で働いていた時の貯金を家族に送金してもらったり、2006年3月に母親が亡くなるまでは、母親から金銭的な援助をしてもらうこともあった。そして最近やっと、店の経営が軌道に乗るようになった。
結婚生活を続けることができないと確信し家を出た当時、陣山さんは日本に帰ろうとは思わなかった。ケニアで生まれた娘の桃子さんは、インターナショナルスクールへ通い、たくさんの友人がケニアにいる。桃子さんの教育のこと、そして陣山さんがケニアを好きだということもあり、桃子さんが大学を卒業するまでは、ナイロビで陣屋を続けていこうと心に決めていたのだ。
●自分で決めた生き方だから
日本から遠く離れた異国の地で、シングルマザーとして子どもを育てながら、商売を続けて行くのは、並大抵なことではない。これまで一番大変だったことは何かという問いに対し、陣山さんは何だろうと、即答できず考え込んでしまった。「あまり悩まないという性格もあるけれど、物事はなるようにしかならないのと、いつも前向きに考え行動するようにしてきたの」、と陣山さんは笑顔で答える。「結婚してケニアに来たことも、家を出たことも、全て自分で決めたこと。これまでの人生で後悔していることはないのよ」
車で娘の学校の送り迎えをする時や、お弁当やオードブルの配達中に、楽しそうにおしゃべりをしながら歩くケニアの人たちを見るのが、陣山さんは好きだ。ナイロビの人口の約半数はスラムの住民で、生活は苦しい。経済的なことなど、大変なことは山ほどあるだろう。だけど辛いことを笑い飛ばし、たくましく生きている。そんなケニアの人たちを見ると、陣山さん自身も元気になれるのだ。そして、そういうケニアの人たちの明るさと、困難を乗り越えていくたくましさを、娘の桃子さんに身につけてほしいと願っている。
|