虐殺と病を乗り越えて
ルワンダ人 インパノ ギラマタ クレアさん(21歳)
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大量虐殺を乗り越え、腎臓病と闘うクレアさん。彼女は、ルワンダの人と自然を愛し、夢を持ち決して人生を諦めない。 |
●内戦で家族を失い、病気にも襲われたクレア
東アフリカで医療水準の高いケニアのナイロビ病院には、近隣諸国から腎不全の患者が腎臓移植手術を受けに来ている。ルワンダ人のクレアもその一人だ。クレアは18歳の時に腎臓病になり、それ以来学校に行くことができず闘病生活を続けていた。20歳の時に腎不全になってしまったが、ルワンダには人工透析の可能な施設がなく、腎臓移植だけが唯一残された治療法だった。妹の腎臓を提供してもらうことになったクレアは、2006年10月、移植手術を受けるためにナイロビにやって来たのだ。
ルワンダがベルギーの植民地だった時代、宗主国であるベルギーはルワンダ国内の二つの部族、ツチ族とフツ族を対立させることで、人々の宗主国への不満を回避し植民地支配を確固たるものにしようとした。1962年にベルギーから独立したものの、政情は安定せず、1994年4月にフツ族出身の大統領を乗せた飛行機が撃墜され、それが発端となり、フツ族によるツチ族とフツ族穏健派の虐殺が起こった。この年の春から夏までの約100日間に、80万人から100万人が殺されたと言われている。
1986年にルワンダの首都キガリで、ツチ族の両親の間に生まれたクレア。内戦が始まりツチ族であるクレアの家族はキガリにいることが危険になったため、親戚を頼って地方に避難した。避難する時、家族はバラバラになり、その後、母親、姉、妹、弟とは、叔父の家で会えたが、そこも安住の地ではなかった。避難先で母、弟、叔父が殺され、避難時に離れ離れになった父もやはり殺されてしまった。生き残ったクレアたち3姉妹は、イタリア人の神父が運営する孤児院に引き取られたが、食事はわずかな量でいつもひもじい思いをしていた。虐殺当時のことを思い出すと、今もクレアの目には涙が溢れる。
内戦が終り、姉が結婚したことで、姉家族そして妹と一緒に再びキガリで暮すことができるようになったのだが、そんな矢先クレアは病に倒れてしまう。
●神に祈る日々
たった一人でナイロビに来た当初、クレアは、ケニアの公用語であるスワヒリ語も英語も満足に話せず、家族も友人もおらず、ルワンダ語の通じない病院で一人診察を受け、週に3度人工透析を受けながら、妹が来るのをただひたすら待った。がんばり屋のクレアは、少しずつスワヒリ語と英語を覚え、友人もでき、病院スタッフや友人らに励まされながら、なんとか闘病生活を続けることができた。それでもやはり心細く不安になり落ち込み、何度も泣いた。
<どうして内戦が起きたのか? どうして両親は死んでしまったのか? どうして病気になってしまったのか? 本当に元気になれるのか?>
そんな時クリスチャンであるクレアは、ひらすら神に祈りを捧げ、心を静める。
●厳しい現実
手続きなどの関係で、腎臓提供者である妹のディアナがナイロビに来たのは、クレアがナイロビに来てから3ヶ月後だった。腎臓移植手術のためナイロビに来るには、大学の授業を1ヶ月も休まなければならなかった。両親のいないクレア姉妹は奨学金でしか学校へ行けず、ディアナの奨学金は成績が悪いと打ち切られてしまう。
「姉が元気になれるのなら、1ヶ月授業に出席しなくても大丈夫、帰国してまたがんばって勉強すればいいのだから」とディアナは言う。そんな妹にクレアは感謝の気持ちで一杯だ。
クレアの腎臓移植手術は、何百万円という費用がかかり、また手術後は免疫抑制剤を一生のみ続けなければならない。手術の費用も手術後の高価な薬代も、クレアの家族は用立てることはできない。虐殺孤児のための基金があり、そこからクレアの手術費用がまかなわれ、しばらくの間は薬代を支援してくれるらしいが、それがいつまで続くのか、そしてこの基金がどうやって資金を集めているかクレアはよくわかっていない。もし基金が薬代の支援を終了したらどうすればよいのだろうかと不安になる。
●平和を願い、夢に向かって……
妹の腎臓を得て帰国したクレアは、1年間自宅で療養し、来年から途中になっていた高校の勉強を再開する。
「ルワンダは緑が多い美しい国、そして人々の心はあたたかい。虐殺は政治的なことがからんでいるとはいえ、なぜ起こったのかは、私にはわからない。両親、弟、親戚が殺されてしまったのはとても悲しいことだけど、だからと言ってフツ族の人たちを憎んではいない。私にはフツ族の友だちだっている。ツチ族もフツ族も関係ない、みんなルワンダ人だ。虐殺を二度と起こさないためには、この悲しい事実を次の世代に伝えていかなければならないと思う」
勉強が好きで成績も良かったというクレアの夢は医者になることだ。学校で勉強できる日を心待ちにしている。クレアのこれまでの人生は、平和な日本では考えられない想像を絶するものであり、そしてこの先もクレアの人生は明るいとは言い難い。だけどクレアはどんな状況になっても、夢と希望を持ち続けることで人生を切り開いていくのだろう。
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